化け狐はその優雅な体躯をしなやかに操り、村人が放つ矢の雨の間を縫うように駆ける。

大きな二本の尾は家屋を叩き潰し、鋭利な爪と牙は容赦なく村人の体を引き裂く。

そして血に濡れたようなその眼には理性など欠片も見えず、只々本能だけに突き動かされていた。

村人達は太刀打ちできないその様に呆然と立ち尽くす。

それでも果敢に立ち向かう若い男達だが、武器である農具をも食い千切られ蹴散らされ、まるで歯が立たない。

あちらこちらで一人、また一人と命が奪われる中、その渦中で随分と年老いた翁がぶつぶつとしきりに何かを呟いていた。

不意にそれを見止めた一人の若い女は翁に慌てて駆け寄ると、血相を変えて皺だらけの手を引く。


「長老、何をなさっているのですか! 早く安全な所へ行きましょう!」


若い女に手を引かれその場から立ち去る際も、長老と呼ばれたその翁は手を震わせながら呟き続ける。


「長老! 急いで!」


焦る若い女に翁は目をゆっくりと移すと、飛び出しそうな程に大きく目を見開いて涙を流した。


「……嗚呼、何という哀しみか……お狐様が、お怒りになっておる……」


──狐神の怒り。

涙ながらのその言葉の意味を瞬時に察した若い女は、苦悶の表情を浮かべた。


──明日、この村から生贄が出る。


そしてその白羽の矢が立つ者は誰とは言わずとも知れていた。

村の外れに住まいを構えるまだ幼い少女。

父を亡くし母まで奪われひとりぼっちになっただけでは飽きたらず、運命は少女に最期まで残酷な仕打ちで応えようとしているのだ。

余りにも酷。
同情するに十分足る運命。

しかし、だからと言って少女を助ける者は誰一人としていなかった。

身寄りもなく、働き手にもならない。

──村にとって、この哀れな少女は鬱陶しい穀潰し以外の何者でもなかったのだから。

若い女は村の外れから身を潜めるように覗く少女を見遣った。


……許しておくれ。