夜叉の恋



充満する只ならぬ気配。

それは、人の子の寧々とて容易に感じることが出来た。

肌に纏わり付くようなドロドロとしたものに既視感を覚える。


――嗚呼、そうだ。

私が生贄にされた時と同じ感じだ。


そうか、と寧々は悟る。

これはきっと所謂“嫌な予感”というもので、これから起こる“嫌なこと”に寧々はぎゅっと裾を掴んだ。

静が言った“死体”という言葉――。

寧々はこれから、きっと沢山の死体を見ることになるのだ。

慣れていると言っても所詮は年端もいかぬ人間の少女。

恐れるなと言う方が無理というもの。

しかし、それを表に出すまいと必死に耐える寧々の姿を盗み見て、静が何か考えたような素振りを見せたのもほんの一瞬で、変わらぬ様子で「寧々」と名を呼んだ。


「行くぞ」

「……は、いっ」


迷わぬ大きな背中に、寧々は覚悟を決める。

そうだ、何を今更恐れる?

寧々が付いて行くと決めたのは、人ならざる者――妖だととうに知ってのことではないか。


『お前は生きろ』


―-私はあの時、一度死んだ。

そして、新たな生を授かったの。

それは決して世間の言う優しさとは違うかもしれない。

だけど私にとっては、まるで天から地獄へと垂らされた一本の希望の糸だった。

それを垂らしてくれたのは他でもない、この妖。

気紛れかもしれない。

明日には捨てられるかもしれない。

ううん、殺されるかもしれない。

――それでもいい。

そう、思える程に……私にとって、静さん。

貴方がくれた光は、何にも代え難くて大きいんだよ。

貴方はきっと知らないし、理解すら出来ないと思う。

だって、私は人間。
貴方は強くて優しい妖なんだもの。

付いて行くと、決めたのは私だから。

それが例え人が通るべきでない外れた道だとしても、奈落へと繋がる道だとしても――きっとね、貴方に授かったこの命が尽きるその時まで、私は。


私は。

貴方と、一緒にいたいんだ。


「……寧々?」

「なぁにっ? 静さん!」


振り向いた妖の顔が珍しく戸惑いを露わにする。

この数秒の間に何があったのか――先程までの恐怖を堪える寧々の姿は、何処にもなく。

代わりにあるのは強くて生意気な栗色の瞳。


「……全く、訳が分からん……」


呆れたように呟かれた言葉に、寧々は歯を見せて笑った。