「……寧々?」
小さな手がぎゅっと裾を絞るのに合わせて、地面が滴り落ちてきた水を吸い上げる。
そうしている間にも、寧々の下には彼女から滴る水で地面が黒く濡れている。
「ごめんね。何だかよく分からないけど、静さんは私の所為で濡れちゃったんでしょ?」
懸命に裾を乾かそうとする寧々の心を知り、静はふぅ、と息を吐いた。
「お前の所為じゃない。それに、こうしていればその内乾く」
「でも……」
「いいから、気にせず川にでも入っていろ。喉が渇いているのだろう?」
静の言葉に、「あっ!」と思い出したように喉を抑える。
「うん、カラッカラ!」
「……なら、行け」
呆れた面持ちで手をひらひらと追いやるように振れば、寧々は先程までの申し訳なさが嘘のように川へと再び駆けて行った。
そして小さな足で地面を蹴ると、高く飛び上がる。
「寧々!」
ザバン!と水飛沫が宙を舞う。
暫くして悪戯に顔を水面に出した寧々に、静は眉を顰めた。
……成程、川の中心は深いのか。
そういえば先程寧々が消えていた所は深かった。
そんなことにすら今気付くなど、静は自分自身に対し小さく舌打ちをした。
「ごめんなさーい!」
静が思わず上げた咎める声にも臆することなく、明るい声で謝る寧々。
「……微塵も思っていないだろうが」
「え? なぁに?」
聞こえなかった、と静の言葉を訊き返す寧々の声にそっぽを向く。
自由奔放で、頑丈なのか脆弱なのか分からぬ生き物。
拾ったものは、存外面倒なものだったらしい。
薄々気付いてはいたものの認めざるを得なくなった静の機嫌は珍しく少し悪い。
そんな妖など露知らず、人の子は鼻歌交じりに川と戯れていた。
「獲った――ッ!!」
嬉しそうにビチビチと跳ねる魚を掲げる寧々を横目に、静は少女の生い立ちを思い出す。
家族を亡くし、生まれ育った村でも酷い生活を強いられて、挙句の果てには生贄となり迫害された哀れな子供――それが寧々だ。
妖とて同情するような半生だが、しかし今の世、珍しい話ではない。
寧々にもそれが分かっているのだろう。
ああ見えて聡い娘だ。
だからこそ卑屈にならず、生来の明るいままの性格でいられるのだろう。
本来ならば此処にないはずだった命。
それが目の前で飛び跳ねている。
しかも、それは己の所為ときた。
「……長い時を生きても、まだまだ何が起こるか分からないものだな……」
晴天を仰ぎ、静はぽつりと呟いた。
そして、それはきっと――これからも。
