「私は母ちゃんに余り似てないらしいの。髪の色も目の色も父ちゃん譲りでね、顔立ちもどっちかと言えば父ちゃん似なんだって!」
「母ちゃん似だったら凄い美女になれるのになー」と不足そうに頬を膨らまして見せるが、大好きな父の血を色濃く受け継いでいるのだ。
本人は満更でもないらしく、嬉しさは隠しきれていない。
「父ちゃんの好きなものはお魚でね、これも私と一緒なの! あ、だけど母ちゃんが好きな果物も大好き!」
両親と自分の好物を照らし合わせ、あれは違うこれは一緒ところころと表情を変える様子は見ていて飽きない。
男は時折相槌を交えながら、寧々の話を遮ることなく黙って耳を傾け続けた。
男の脳裏に、一人の女の姿がちらつく。
寧々の母の話とはおよそ遠い、痩せ細り今にも消えそうな雪のような女。
日に日に弱っていく体を引き摺り、毎日縁側で空を見上げていた美しい女だった。
「……でね、こんな風に楽しかったこととか嬉しかったこととか、ずっと誰かに聴いて欲しかったんだ」
不意に。
声音を変えた寧々に目を向ければ、にっこりと笑った。
「ありがとう、優しい妖さん」
――記憶の中の女の笑顔に、寧々の笑顔が重なった。
思わずはっと目を見張ったのも一瞬で、男は返事をする代わりに己の名を告げた。
「静だ」、と。
「しずか?」
「ああ。お前の名は何という?」
「寧々!」
太陽のように笑う人の子。
男は頬を緩めた。
出逢うべくして出逢ったのだ。
私はお前に、伝えなければならないことがある――。
寧々。
だが、今は。
まだ今は――その時ではない。
だから、一つだけ伝えておこう。
お前に今、伝えるべきことを。
「――寧々」
「はいっ」
もし寧々が犬ならば、尻尾が千切れているであろうその喜びよう。
静は、徐に口を開いた。
「……死んでいないぞ、お前は」
「……ええっ!!」
心底驚いたように目を見開いた寧々に、静はやはりなと溜息を吐いた。
