天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}

「うん?」

大月学園のある地区と他をわける道路を渡った瞬間、

神流は首を捻った。


それは、常人には感じることのできない微かな感覚だった。

空気をわけて歩く人間が、普段空気を感じることがないように…

その感覚は微妙だった。

風の方が何百倍も、敏感に感じられた。


それは、神流が魔獣因子に目覚めているからだと、

彼女が知るはずがない。


「結界か?」

神流は眉を寄せると、もう一度今の感覚を確かめようと、振り返った。




「さすがは、元安定者ですね」

「!?」

神流は驚いた。

真後ろに、男が立っていたからだ。

タキシードを着た男は、深々とお辞儀をした。


「貴様は?」

まったく気配を感じさせずに、こんなにそばまで来るなんて、神流には信じられなかった。


しかし、顔を上げ、満面の笑顔を神流に向ける男を見ただけで、神流は理解した。


気配がない。

つまり、この男には実体がないのだ。

「フッ」

神流は口元を緩めると、ゆっくりと手のひらを顔の前まで近付けた。


「え?」

男は目を丸くした。

神流の爪が伸び、鋭い刃物のようになると、

男の胸を貫いた。


「これは…これは…」

胸から背中まで貫通した瞬間、男は神流の真後ろに出現した。


「貴様は、何者だ?」

神流は爪を元に戻すと、振り向いた。


「私は、月の使者…」

神流は顔をしかめた。

「いえいえ…」

男はわざとらしく、首を横に振ると、

「闇の使者です」

今度は跪くと、また頭を深々と下げた。

「闇の使者?」

神流ははっとして、上空に浮かぶ月を見上げた。

男は頭を下げながら、見えないようににやりと笑った。


そして、ゆっくりと顔を上げると、神流に向かって微笑んだ。

「佐々木様に、折り入って、お話がございます」



「話だと?」

神流はじっと、男を凝視した。

「はい」

男は、微笑みを崩さなかった。