「大丈夫?」

差しのべられた手を掴みながら、立ち上がった女は、

「ありがとうございます」

よろけながらも、何とか姿勢を正すと、頭を下げた。

そして、顔を上げた瞬間、目を丸くして、

今度は後ろに飛んだ。

「九鬼様!」

着地の瞬間、また足がもつれ、今度は肩から、廊下の壁に激突した。

「大丈夫?」

九鬼は思わず、苦笑した。

会うのは二度目だが、いつもよろけている印象を持ってしまった。


「阿藤さん…でしたっけ?」

「は、はい!」

女は壁にもたれながら、斜めに直立不動になった。

「阿藤美亜です」


九鬼は、そんな美亜が可笑しくて、たまらなかった。

笑いを堪えながら、笑顔をつくり、

「気をつけて下さいね」

美亜に頭を下げると、横をすり抜けて行った。

美亜は、九鬼が通り過ぎるまで、顔を真っ赤にして、直立不動の格好のまま…動けずにいた。

「ご機嫌よう」

九鬼が…自分から、結構離れるのを、心臓の鼓動で距離を計っていた美亜は、大きく息を吸うと、回れ右をし、

九鬼の背中に叫んだ。


「こ、今度…生徒会室に遊びに行ってもいいですか!何かお手伝いをしたいですう!」

美亜の叫びに、九鬼は振り返り、

「大歓迎よ」

微笑んだ。


「は、はい!」

美亜は満面の笑みを浮かべると、思い切り頭を下げた。

そして、その勢いで、

バランスを崩し、こけた。


「気をつけてね」

九鬼は苦笑し、一応すぐに美亜が起き上がったのを確認してから、また歩き出した。




「九鬼様…」

手を組み、祈るように九鬼の背中を見送った美亜は、

九鬼が廊下を曲がると、くるっと反転した。

そして、ゆっくりと歩き出した。


外から射し込む月明かりが、一瞬…レンズを照らし、

分厚くて、瞳が見えないレンズが、透けた。

鋭い眼光が、前を睨んでいた。

「乙女…ブラック」

そして、にやりと笑った。