響子は、前のめりに倒れた。

廊下のコンクリートの床に、血が流れた。


「ぐはっ!」

血で咳き込みながら、響子は顔だけを、女の足元に向けた。


「どうしてだ…。魔王に匹敵する力を持ちながら、どうして…月影の力を、欲する」

響子の言葉に、女はフッと笑った。

「どうして…」

女の足首に向けて、響子は手を伸ばすが、

届かない。

その様子を見下ろしていた女は、静かに答えた。


「魔王に匹敵するでは、駄目なんだよ。魔王を超えないとな」

そう言うと、女は…響子の腕を跨いだ。

「知っているか?その世界で、一番の罪は…」

女は唇を噛み締め、

「無力だ」

言葉を噛み締めた。

意識がなくっていく響子の耳に、女の悲痛な思いが響いた。


「力なければ…大切なものを守れない」

女は、乙女ケースを握り締め、

「もっと力を得る為に、こいつは頂く。お前に、恨みはないが…月影の資格を得た己を恨め!」





「…」

響子は、もと来た闇の方に去っていく女の足を、

ただじっと見送った。


悟りと言われた自分が、死を迎える。

それなのに、何の感慨もない。

ただ悔いがないことだけが、救いだった。





廊下を歩いていく女の手にあった乙女ケースは、消滅した。

と同時に、闇が消え…

その代わりに、薄暗い廊下に、窓から月明かりが射し込んできた。


その光を受けた瞬間、女の髪はブロンドから黒髪に変わり、

白い眼鏡のレンズは、まるで牛乳瓶の底のように分厚くなった。

「ほよ!」

女は、すっとんきょうな声を上げると、周りを見回した。

「ここは…」

学校の中であることを確認すると、

女ははっとした。

「もう帰らないと!」

慌てて走ろうとしたが、足がもつれて、転んでしまった。

「痛たた…」

頭から、倒れ…床に額から激突した女の前に、

誰がか跪き、手を差しのべてきた。