天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}

女の子は楽しそうに、笑みを浮かべながら、九鬼を見つめた。

「な」

九鬼は、乙女ケースを突きだしたまま動けない。

「あらあ?忘れたの?あたしの声を…。でも、仕方ないわね」

女の子はベッドの上に、ゆっくりと立ち上がると、

「あなたを手放しのは、赤ちゃんの頃だから」

ジャンプして、一瞬で九鬼の前まで飛翔した。

「あなたは、覚えていないわね」

130センチぐらいしかない…小柄な体躯を素早く動かすと、固まっている九鬼の手から乙女ケースを叩き落とした。

九鬼には動きが、まったく見えなかった。

病室の床を転がる乙女ケースを、女の子は忌々しそうに睨んだ。

「…あれを見てると、思い出すわ」

女の子の声が、変わった。低い酒やけしたような女の声に。

「かつて、我々の邪魔をした…月の戦士を」

ほんの数秒前の女の子と同じ姿なのに、表情も顔の皺の寄せ方さえも違う…まったく別人に見えた。


「お前は、何者だ」

九鬼がやっと動いた体を、女の子に向けると、突きだした形のまま固まっていた指を揃えると、祈るような構えを取った。

そんな九鬼の様子に、女の子は笑った。

「何も知らずに来たのか?招待状は出したはずだがな!」

女の子の雰囲気がまた、変わった。

「あなたの母親が、待っているとね」

先程の母親の声に、戻った。



「な、舐めるな!」

九鬼は、左足を前に出すと軸にして、蹴りを放とうとする。

「生身の蹴りが、あたしに決まるとでも?」

九鬼の蹴りは、女の子の鼻先数センチ前をかすめた。

しかし、それは九鬼の作戦だった。

当たらなかった右足を床につけると、蹴りの勢いを利用して、九鬼は回転するように、転がった。

その先には、乙女ケースがあった。

九鬼は回転しながらも、乙女ケースを拾うと、病院の壁に背中を打ちながら、乙女ケースを突きだした。

そして、

「装着」

と叫んだ。