足音が残る空気の中を、あたしの鼓動が切り裂いていく。

ただはやる心が、あたしから過ぎ去っていく景色の色を消した。

列車の運転手のように、あたしには、

自分の前に続くレールが見えた。

左右に遠ざかっていく駅には、止まることがない。

そのレールの先にある場所まで…。

例え…レールの先が無くても、あたしはただの土の地面を走る。

例え…先が崖だとしても、あたしは走る。

例え…先が、壁だとしても…あたしはただ砕けるだけ。

そう砕けるだけ…。




だけど、幸いにも、

目の前にあった壁は開けることができた。

突き破るように開けた扉の向こうに、

あの人はいた。

「ああ…」

喜びから、あたしの口から感嘆のため息が漏れた。

あたしが開けた扉の音に気付き、あの人はゆっくりとこちらに顔を向けた。

何もない…ただ薄暗いだけの用具室。

少し湿気た、かび臭い臭いも、あの人がいるだけで、甘美な香りに変わった。

あの人は、すらりとした長身の体が、背中まである髪が、あたしに向かって振り向き、手を伸ばす動きの中で、美しく流れた。

あたしは、その姿をもう少し見たいと思った。

扉を閉めると、ここは完全な闇になる。

あの人を見れなくなる。

だけど…閉めなければ、あの人に近寄れない。

あたしは、ゆっくりと扉が自動で閉まるように、後ろで扉を押した。

扉が閉まるまでの数秒を、あたしはあの人に走り寄った。

あの人はただ…あたしに笑いかけ、伸ばした手があたしに触れる距離になると、

あたしのネクタイを掴み、ほどいていく。

「ああ…1日がこんなに長いなんて…思わなかったです」

あの人の胸に、飛び込むまでに、あたしのネクタイは取られた。

あたしの潤んだ目が、あの人を映し、

扉が閉まる瞬間、

あたしは自らの唇をあの人に押し当てた。

「九鬼様…」

激しく絡み付けた舌が一度、離れた唇と一本の糸で繋がっていた。

その糸が、扉から漏れる最後の明かりで光り輝いた。