崖から、五百メートルほど坂を下ると、リョウ達の村に辿り着く。

人口三百人程の村は、この島にある十ヶ所あるコミュニティーの中では、一番小さかった。


村の入口にある広場は、夕飯時だと言うのに、何十人もの若者が、剣を持ち、稽古に励んでいた。

その様子を尻目に、三人は広場を通り過ぎていく。

少し前を歩いていた俊介が、速度を緩め、リョウの耳元に囁いた。

「無駄な努力だろ…。こんなくらいで、勝てるなら…こんな島に逃げこまなかっただろ…」

俊介の言うことは、もっともだが……剣を握る人々の気持ちも理解できた。

何もしないで、殺されたくないのだ。



「じゃあ!またな」

俊介の家は、村の入口にあった。

リョウとフレアの家は、一番奥にあった。 

村を真っ二つに分ける中央の大通りを、二人は真っすぐに歩いていく。



「じゃあ…おやすみなさい」

フレアの家は、リョウの家の斜め前にあった。

家の中に入るまで、見送ったリョウは、自分の家に向かった。


木製のドアを開けると、すぐに母の笑顔が迎えてくれた。

「おかえりなさい」

エメラルドグリーンの髪を束ね、食事の準備をしているサーシャは、リョウに微笑んだ。


「おかえり」

サーシャの向こうから、父親の声がした。

木製のテーブルに、木製のシンプルな椅子。父親は、再生紙でできた新聞を広げ、何の飾りもない椅子の上に、座っていた。

「ただいま…」

リョウは、少し驚いた。

今日は、やけに父親の帰りが早かったからだ。

人類生存計画に携わっている父親は、ここ数年…毎日帰りが遅かったからだ。

こんなに早く家にいるのは、初めてかもしれない。

父親の名は、ロバート。

知的で、落ち着いた雰囲気を醸し出すロバートを、リョウは好きだった。

周りの冷めた大人や、苛立つ大人達が多い中、

父ロバートの落ち着きは、どこか安心させた。

(もしかしたら…政府は、生き残れる秘術でもあるのではないのか?)

そんな希望を抱かせるくらい…ロバートは落ち着いていた。