彼の形の良い唇が近づく。私も目を閉じて彼を待つ。

 二人の息遣い以外に何も聞こえない、この静かな空間がとても心地良い。

 彼の顔がすぐ側まで来ているのを感じる。唇と唇が触れ合うまで数センチ…その時だ。暗闇の中からぱっと四角い明かりがついて、電子音が静寂を遮った。

 突然のことに目を開けて、床に転がったままの鞄の上に放置されていた携帯の方を向く。慌てて取りに行こうと体を起こしかけて…だが、彼に肩を押されてベッドに戻された。

「け、携帯、電話が…っ」

「ほっとけよ」

 さっきまでの彼とは違う、冷めたぶっきらぼうな言いぐさにむっとする。

「ほっとけないわ」

 私が言い返したのが気に入らなかったらしく、舌打ちをすると無理矢理に唇を押し付けてきた。それはただ苦しいだけのキスで、彼の胸を押しても全然退いてくれない。むしろ、荒々しくなるばかり。

 耐えきれなくなって涙が頬に落ちた。それでやっと彼が離れて解放される。

 その隙にベッドから這い出て、一度切れてから再び鳴っていた携帯を手にして画面を確認する。母親からの着信だと知って背筋が凍る。時刻を見るともう真夜中だ。震える手でなんとか指をスライドさせて耳に当てる。

「も、もしもし…?」

『セシーリア!あなた、今何時だと思ってるの?毎日の電話は欠かさない約束でしょう、もしかして、また如何わしい女の子達と遊んでいるの?お母さん言ってるじゃない、あんな子達と連んでるとあなたの為にならないって!お父さんも心配してるのよ?いい加減わかって頂戴。私達はあなたの将来が台無しにならないように大学に行かせているの。お遊びの為じゃないの』