何も、考えられない。
彼の唇はどんな感触がするのだろう。
どんなに熱いキスなのだろう。
彼は…彼は………誰…?
「…っだめ‼」
息を切って叫ぶ私は、出せる力で彼の胸を押した。だけど、私が思うほど彼は力を込めていなくて簡単に離れた。
…それが少し残念に思ったなんて認めたくなくて、私は彼を睨んだ。
私にはボーイフレンドのトムがいる。トム以外の男の人とキスするなんて…そんな最低な事、許される訳がない。それに、私の全部を知ってるだなんて、でたらめに決まっている。
何が『迷子の子猫』なのよ。この前までの私が恨めしい。ただの詐欺師よ。そう、彼は平気で女を誑かす詐欺師。
私の睨みも気に止めない詐欺師は口角だけを上げると、薄い唇を舌で舐めた。たったそれだけで、体の奥の熱い何かが疼いた。
「なんだ、そのつもりで俺を呼び止めたのかと思ったのに…」
「その、つもり?」
どういう意味だろうと考える私に彼は少し驚いたように目を大きくさせたが、何かを思い付いたのか右の眉を上げてこちらに歩み寄った。
「教えてほしい?知りたい?俺が、手取り、足取り、ぜーんぶ、あんたに……」
彼がジーンズのポケットに手を入れて身を屈めると、私と彼の目線が同じ高さになった。その馬鹿にした表情とわざと色っぽい声を出す詐欺師に、私は赤面してしまう。
私の無知さを馬鹿にされて悔しいのと、どうしたって彼から溢れるフェロモンに感じてしまう恥ずかしさのせいだ。



