見慣れたアパートの門がそこにあって、ここまで彼が送ってくれたのだ。

 納得したものの、どうして彼が私のアパートを知っているのかという疑問が湧いてしまった。

 だけど依然としてうまく言葉を出せないでいる私。彼はまた考えるように黙って、だけど口元に笑みを浮かべると私の方へと近寄ってくる。

「どうして住んでいる所を知ってるのか…って?」

 見事に当てられて、私は目を丸くさせながら頷く事だけで精一杯。影のある瞳を怪しく光らせて一歩、また一歩と近づく彼との距離は縮まるばかりで、二人の靴先が少し触れるまで近くなった。

 どうすれば良いかわからなくて、とにかく私は下を向いて苦しいほどうるさい鼓動を落ち着かせようと深呼吸する。でも、余計に苦しくなって、浅い呼吸にしかならない。

 そんな私の様子を嘲笑う声が頭上からしたと思ったら、唐突に彼の指が私の顎を掴んで上を向かせた。

「あんたの事…全部、知ってるよ」

 顔を近づけた彼が、掠れたような甘い声で私の耳元に囁く。瞬間的に私の全身に熱が回って、目眩と似たものを感じる。そして、さらに追い討ちをかけるように私の目を覗き込んでくるグレーの瞳。

 視線は私の目、それから唇へと移り…

 顔を傾けて近づいてくる彼。

 顎を持つ反対の手が背中に回される。

 動作一つの動きが焦れったいほどゆっくりで、それはまるで私の反応を確認しているよう。

 そして彼の瞼が閉じた時には、もう唇同士が触れそうだった。