ずっとこのまま彼の隣に居られたら…そんな淡い気持ちを抱きながら歩くこと数分、不意に彼の足が止まった。

 私も立ち止まって隣の彼を見上げる。

 彼は、やっぱり私を見ようとせずに俯いて、そのまま腰に回していた手を離し、歩き出そうとした。

 途端に彼の温もりが消えてしまう。

 ずっと見ていることしかできなかった彼。その彼が浮浪者から私を助けてくれて、隣を歩くことだってできた。だけどこのままだと、また見かけてもすれ違うだけ。さっきのお礼だってまだ言えてない。

 そう思うと、自然と口を開けていた。

「待って!」

 彼の背中に声をかける。

 白い息が宙を漂う。

 それが消えた先で、彼はゆっくりと振り返る。

 彼の目は地面を向いていたけど、瞬きを一つして、私の方へと視線を向けた。

 グレーの瞳を見つめた瞬間、私の思考が全て止まった。

 息をするのも忘れて、言葉を出す事ができない。

 外灯に照らされながらも陰鬱とした彼の瞳の奥に、鋭さが隠れているよう。怖い…のに、私は視線を反らせない。

 呼び止めた私が何も言えずに固まっているのを不振に思ったのか、彼は訝しげに眉を寄せた。

「ここのアパートだろ?」

 冬の乾いた空気に響く彼の低い声で発せられた言葉の意味を理解するのに時間がかかったが、彼が私から視線を横に向けて私もそれに倣ってようやくわかった。