一足進む度に、私の心は重く、立ち止まる回数を増やしていた。

 空は厚い雲に覆われていて、今にも雪を降らそうとしているかのようだ。

 目を閉じて、彼を初めて見た時の事を思い出す。

 秋の乾いた風、薄ぼんやりした淡く青い空、真っ赤に彩った道、そして、形容しがたい物憂げな眼差しで何を見るでもなく、ただそこに屈み込んで動かないレイ。

 一目見た時、私は今まで感じたことのない鼓動の激しさに戸惑った。体が金縛りにあったような苦しさも、不自由な心も、今思い返せば、私はその瞬間から彼に恋をしていたのだ。

 目を開く。暗い空から、弱々しく降ってきた雪。目の先に見えるのは、彼がいつも居た、廃墟となったビルの前の道。

 だけど、そこに彼は居ない。

 いつだったか、いつも居た訳を聞いて彼を怒らせてしまった。他にも、私の子供じみた言動で何度も喧嘩をした。もちろん、レイにだって原因はあったけども。

 そして、喧嘩以上に私たちは愛し合った。

 レイはトムのように愛を言葉にすることなんてほとんどなかったけれど、何度もキスを交わし、手を繋ぎ、私を抱き締める彼の腕の温もりこそが私の居場所で、それだけで良かった。

 ……だけど、今そこに彼は居ない。きっと、この先も。

 私は、レイを、もう愛すことはないから。彼にはきちんとお別れを告げるのだから。これはお互いの為なのだから。

 私は、携帯の画面に表示された番号に目を落とす。最初から最後まで間違いなく覚えた電話番号。彼の直筆のメモはまだ持っている。彼はそれを呆れたような、それでも嬉しそうに笑った顔が思い浮かんだ。