怖い…のに、私は逃げようだなんて考えなかった。考えられなかった。もはや何も考えようとしなかった。

 私はいつだって狡い。卑怯だ。

 求められることに快感を覚えて、いけないと思うほどに彼に溺れて、何もかも壊して欲しいと渇望する。

 そのくせ、度胸も何もなく、こんな私を求める訳を疑って、偽善的な罪悪感に嫌悪する。

「セシーリア…悪い、怖がらせるつもりはなかった」

 彼の困った顔。私は自分でも気づかない間に泣いていたんだと、その時知った。嗚咽が出るほどでもない、感情が高ぶるわけでもない、不思議な涙だった。もちろん、怖がって泣いたものでもない。

 それを言おうとする前にレイは私から離れて、ベッドから降りた。私は首だけを動かして、遠ざかっていく背中を見つめた。

 私たちの関係は何なのか。

 友達でもなく、恋人でもなく、だけどこうして同じ部屋で過ごし、デートもした。だけど、私にはボーイフレンドがいる。レイも、もしかしたらガールフレンドがいるかもしれない。

 彼が今までどんな日々を生きてきたのか知らないし、彼も私がどんな日々を生きてきたのか知らない。

 こんな脆い二人の関係。なのに、今日、このままレイが私から離れて消えてしまったら?私は、きっと彼の居なかった元の私に戻れないだろう。

「レイ、行かないで」

 聞こえるか聞こえないかぐらいの声しか出なかった。しかし彼の足が不意に止まった。そして…

「言ってるだろ?セシーリアが離れない限り、俺はどこにも行かない」