「貴方はッ……私を、幸せにしてくれますか?」

「勿論だ!愛してるよッ!」

「貴方!」

「ミコ!」

パタンと本を閉じる。
安っぽい恋愛小説だ。
読むだけで無駄。
まだ夏の余韻が残る九月一日。
今日は遅めの始業式だ。
相変わらず木葉は緑色。
少し天気が秋に変わってきたようだ。
少し開けた窓から吹く風が肌寒い。
私は窓を閉めた。
窓から外を見る。
今日は曇り気味だ。
空を走る飛行機を目で追う。

「サキ?時間よ。」

お母さんの声がする。

「今行く。」

鞄を持ち机から腰を上げる。
部屋を出るとお母さんが階段を降りていた。
追い掛けるように私も後に続く。

「忘れ物は無い?」

微笑みながら問うお母さん。

「ううん。ないと思う。」

いつも無表情の顔を精一杯動かす。
きっと私は今不自然な笑みを浮かべているだろう。

「ふふ。じゃあ行きましょうか。」

「うん。」

お母さんの車の助手席に座る。
お父さんは、いない。
私が二歳の時、離婚した。
記憶も曖昧で良く覚えてないが。

「今日は本を読まないの?」

「うん。安っぽい恋愛小説だったから。」

「相変わらず毒舌ね。」

含み笑いをする母。

「もう、二学期が始まるんだね。」

「そうねぇ。一年って早いものよね。」

「そりゃそうだよ一歳は1年が一分の一。41歳は一年が41分の1だからね。」

「やだぁー!実年齢あかさないでよー!学校では40歳で通ってるんだからー!」

1歳だけじゃんという私に、本当に毒舌ねぇ、と言う母。
シートにもたれ掛かり外を見る。
また始まるんだ。
始まるんだ。
何もやることがない、目的のない日々が。

「あら、雨ね。」

ポツポツと窓ガラスに水滴が付く。
あの日も、こんな天気だった。
私は小学生時代、酷いイジメにあっていた。
その時の私は、もっと、明るかった。
元気で、気さくだったと思う。
意地の悪い六年生から、悪い噂を流されるまでは。
名前は匹崎沙織(ヒキサキサオリ)。

『ねえ、知ってた?五年の弥生サキっているじゃん。あの子って、中学生の男とかと付き合ってんだって!』

真っ赤な嘘だ。
元々周りからの評判は悪かった為、最初は誰も信じなかった。
でも、匹崎沙織が、証拠の写真を持ってきたのだ。
その写真は、中学生の男と私が相合い傘をしている写真。
事実、私はイジメが始まった朝、中学生の男と相合い傘をした。
だが、その相手は、私が二歳の時離婚した父に引き取られた兄だ。
たまたま道端で会ったのをきっかけに、頻繁に会っていたのだ。
学校からも近かったし、目撃されるのも可笑しいことでは無かった。
もっと気を引き締めていればなぁ。
何度後悔したことか。
その日から、私へのイジメが始まった。
客観的に見れば、あれは兄だと言えば済むだろうが、私は心配をして、口に出せなかったのである。
その理由は、お母さんだ。
離婚した時辛かったに違いない。
学校で私がその事を言い子から親へ伝われば、お母さんは居場所が無くなる。
そう思った五年の私は、言い返せなかった。
最初は無視から。
これだけだったら泣くことも無ければ嘆くことも無い。
そんな私を見てつまらなかったのであろう匹崎沙織は、私物を自分でごみ箱に入れたりと、自虐行為を始めたのである。
それが原因で暴言を吐かれ、私物を盗まれ、酷いときは肉体的な暴力もあった。
そして惨めな五年生の時代は過ぎ、六年生になった。
これで終わり……なんて私の思考は甘ったるい物だった。
その年の担任は怒りっぽく生徒から見れば悪魔のような先生だった。
ストレスのたまった同級生達は、ストレスの捌け口として、私を利用した。
宿題を捨て先生に怒られる私を嘲笑ったり、時々、暴力を振るったり……
それに便乗し、4、5年生までもが私を妨げ、嘲笑った。
お母さんに心配をかけたくないの一心で、私は耐えた。
そして中学生。
今私は県外に引っ越し、私の姿を盾に自分を守っている
なんの目的も無い、ぼんやりした日々。
飽き飽きするが、これが一番良いかもしれない。

「サキ、着いたわ。」

母の声で、惨めな小学生時代から現実へ引き戻された。
イジメの事を母は知らない。

始まった、飽き飽きする日々が。