「名前は藤堂孝雄。享年五十歳」
スマホを片付けて床に座り直す。その横顔は曇っていた。
「酒の飲み過ぎで肝臓の調子が悪いと、年始の挨拶に行った時言ってたんだ。それからすぐだったよ。急変して病院に運ばれて、あっという間に、帰らぬ人になった。僕が国家試験に合格したら、一緒に飲もうという約束も果たさずに…」
涙を潤ませてる彼に、箱ティッシュを取ってあげようと手を伸ばした。
「レイラさんも同じだろう?」
ぎゅっと彼に手首を握られた。
「あのメールの人は、忘れられない思い出のある人だろう?」
怒ったような顔で、私を見据える。まるでこっちが嘘をつくのを、制止してるみたいだ。
「平気そうな調子でメールくれたって、こっちは同じ経験してるんだ。どれくらいショックか想像つくよ」
素直に気持ちを吐けと言うように睨んでる。ごく…と思わず息を呑んだ。
唇を噛みしめ、泣き出しそうになった。目に涙が滲み、溢れ出しそうになる。それを必死で堪えた。
「確かに…ショックだったよ…」
お腹の底から湧いてくる哀しみ。それを抑えて、なんとか話し始めた。
「あの人がガンなんて…ステージⅣなんて、信じたくなかった…」
目の前に写し出された病巣。目を閉じても消えない黒い影。
「何もできない自分が無力で…悔しくて…情けなかった…」
怒りにも似た思い。口の先まで出かかっていた。
「辛くて…」
手首を掴まれた腕の先を、ぎゅっと握りしめた。目の中に留まっている涙のせいで、視界が滲んだ。
「誰かに…聞いて欲しくて…」
噛みしめた唇とは反対に、涙の滴が零れ落ちた。
「誰かに…受け止めて欲しくて…」
頬を伝う涙の跡を、彼の指が拭った。そのまま、優しく髪を撫でる。そんな事されると、余計でも気持ちが溢れる。
「うん…解るよ…」
優しい声で共感してくれる。そんな彼に、弾けるように言った。
「なお君に…会いたくなるから…メールにしたのに…なんで来たりするの…!なんでそんなに、無神経なの…!」
顔を見たら、触りたくなる。触ったら、離したくなくなる。それが、分かっているから…。
非難するつもりじゃない、来てくれてすごく嬉しいけど…。
「ごめん…一人にできないと思ったから…」
体を引き寄せて後ろ頭をポンポンと撫でられた。この人は、何故、こんなにも私の望む事が分かるんだろう…。
「もうっ…知らないから…!」
(大声上げて泣いたって、ずっと朝まで泣き続けたって知らないから…)
そう思ったら、涙が溢れ出した。
「いいよ。知らなくても。泣き止むまで、側にいるよ…」
さらりと言う言葉に、思いやりを感じる。温かい胸の中で、涙が止め処なく零れ落ちた。
大切な人に胸を借りて、ギュッとしがみついた。
泣きながら、心の中で誓いを立てていく…。
(明日から私、河本さんには笑顔しか見せない。気持ちに寄り添って、あの人の心の太陽になる……!)