ーーーー2003年夏、7月4日ーーーー。



薄暗い階段下。誰も寄ることはない、地下に続く階段の裏側。少しばかりのスペースを勝手に使わせて貰っている。広さとしてはワンルームくらいだろうか。男が二人、少しの余裕をもって座れるくらい。灯りはない。無いと言っても申し訳程度には、確保している。まぁ、小さな蝋燭をいくつか並べているだけなのだが。

「んんー……ここだ!」

コト、と言う音で我に返る。
相手は朝達 保典(あさたち やすのり)。今年42になるおやじだ。やっさんと俺の間に置いてあるのがチェス版。戦況はこちらが優位に立っている。と言うか、既に勝負ありだ。

「やっさん。どう足掻いても無駄ですよー。これで……チェックメイト!」

ほよ、と変な声をあげて、目をぱちぱちさせている。これで、267戦267勝。暇潰しにもならない。これでも少しの息抜きにはなるのだろう。

「ふぁーあ。それにしても…ん?」

欠伸をし、背凭れに寄りかかり伸びをしたとき、俺の後ろ側、出入口の付近に見覚えのある顔が立っていた。

「あの……」

「ようこそ!……じゃなくて!何でここにいるの!?やっさん、変なもん呼ぶなよ!」

手入れはされている綺麗な黒髪は、切ることを辞めたように伸ばされていた。中性的な綺麗な顔立ちは、性別を言われなければどちらかわからないほどである。その顔をいぶかげに歪ませているのは何故だろうか?そう言えば、資料で見たときもそんな顔だった様な気がする。服もここに来るのには向いているTシャツにスウェットと言う出で立ちだ。ところで、何故こんな辺鄙なことろにこの少年が立っているのだろうか。

「えっと…どうしたのかな?入山 侑里(いりやま ゆうり)くん?」

彼は確か、三年ほど前に誘拐されていた少年だ。それを請け負ったのが俺たちなのだが…。それにしても、何故ここがわかったのか。そして、何で三年もたった今ここに来ようと思ったのか。綺麗になっていた彼の顔立ちに若干と見とれながら、そんな疑問ばかりが頭に沸いてくる。

「早田浩輔さん」

「は?え??何で俺の名前…?」

頭の中で浮き出た質問。思わず口に出てしまった。これです。それだけ言うと、1つの紙切れを取り出した。

「あ、これ。俺の名刺…」

「はい。これを辿ってここまで来ました。何をしている組織なのか、チャイルドセーブプロジェクトとは一体なんなのか、わからないことだらけだったので、どうせなら当人に聞こうと思って…」

ここに来るまで、インターネットを駆使して色々調べたらしいが、ここの事は何一つヒットしなかったと言う。まぁ、秘密組織だから当然の事だろう。そう言えばまだそんな説明をしていなかった。彼への説明ついでに覚えていてくれ。

ここはchild save projectと言って(まぁ、幾度か出てきているので名前くらいは覚えて貰っているかも知れないが)誘拐された子供達をメインに、警察の依頼を受けて動いている組織だ。長いから略してCSPとも言う。あぁ、そうだ在り来たりな質問だから先に言っておくが、警察は仕事をしていないのではなく、警察が動けない仕事を俺たちCSPに回してくれているのだ。そして警察に出来ない仕事とは、って質問だが例えばそうだな、人質が掛かっていたり、警察の名誉に関わるような事だ。え、それは例えばだな…。警察関係者、警察内部の者の身内の誘拐とか、拳銃の保持が出来ない不確定な情報で動く場合だな。こういう場合はうちに仕事を回してくれるのだ。
で、話は戻るが。どういった仕事かってところに戻ろう。これがなかなかと厄介で、誘拐された子供を助けるだけでなく、薬物の取り締まりから人身売買、はたまた海外遠征までそれぞれで、費用・備品などは警察負いだ。仕事不認可以外でのミスの責任は問われない。なぜなら、警察としても公にしたくない仕事だからだ。

「ようは警察の手駒、って事ですね。良いように使われても、責任転嫁はされない。自由に動けるわけでもないけど人事に問題がなければ何でもありの何でも屋、って事ですか」

飲み込みの早さに吃驚する。まぁ、要をすればそう言うことなのだ。ところで、こちらの問題は何一つ解決はしていない。なぜこれを聞きに、それもあの入山侑里が?

「で、入山。何で来たんだ?こんな辺鄙なところ。何か用があったんだろ?」

ここに来てやっとの思いで聞きたいことが聞けた。まぁ、聞いたのは俺じゃなくて、声の主はやっさんなんだけど…。

「あなたは、俺を助けてくれたときの人ですよね?いや、そんな事は良いんです。話を聞けて満足ですから。また、ここに来ます。その時は、俺の話を聞いてください」

そう言い残して、入山侑里と言う不思議な少年は帰っていった。

「ほぅ、楽しそうなことになるんじゃないか。これはなかなか期待できそうだしな」

やっさんは、何をいってるんだ?それに楽しそうって?まぁ何よりこの夏は暑すぎて、色んな事を考えるのには向いていない。考えるのは後々でも大丈夫だろう。それから、体を冷やすのが良いだろう。

「って事で、アイスでも買いに行くかな」

「って事、ではないが行ってくるのは良いんじゃないか。俺の分も頼んだぞー」

取り敢えず空調機のないこの場所は、少しの時間でもたまるのは向いていないな。さて、ここから近くのコンビニまでこの暑い中を歩いていくのか…と、重たい足を動かすのだ。