ーーーー2000年夏ーーーー。
*少年side*
都内にある何もおいていない、廃館の倉庫。蒸し暑い夏に、なぜこんなことになっているのか今の俺には全く理解できない。
手足首を縛られ、口にタオルを噛まされ、椅子に座られた状態で早一時間。一体なんの嫌がらせなのだ。気がつけばここにいるのだが、一時間なんの進展もない。目隠しをされていないから辺りの状況は把握できるが、こんなもの何の発展にも繋がらない。誘拐されると言うのは、あまりにも退屈なものだ。
あーぁ。こんな状況だからこそなのだろうが、本が読みたくて仕方がない…。
「ゲームでもくれてやろうか、ガキよ」
ドラマとかで聞いたことがある程度の知識だが、これがボイスチェンジャーなのだろう。器械音で、声だけを聞けば性別が全く判断出来ない。
「いや、本が読みたくなったか?侑里」
こいつ、何で俺の名前を…?
どうでも良いことだが、微かに疑問に感じる。だが、名前を知っていると言うことは身代金目的の誘拐ではないのだろう。そもそも両親は既に他界しているし、そんな理由だとしたら検討違いも良いところだ。だとすれば、逆に何の目的で俺を誘拐したのかがわからない。まぁ何れ分かることだし、考えても犯罪者の……いや、こいつの思考なぞ解るはずもない。考えるだけ時間の無駄だ。
「それよりも侑里。一時間が経とうとしているな。話す気になってくれないか?なぜ、ここに来たのかを…」
カチャリと言う鈍い金属音。背凭れのない椅子越しに背中に突きつけられた硬く冷たい何か。この状況と犯人の要求からして、俺に突きつけられた何かは拳銃だと考えるのが賢明だろう。後ろから外されたタオル。これで何を話せと言うのだろうか。
「長い時間ここに居ては窮屈だろう?話して楽になりたくはないのか?」
「話すことなどない」
その瞬間、耳を劈くような音が響いた。鼓膜が破れそうな程の大音量で、何と表現して良いかわからない音で響き渡る。恐らく、犯人が威嚇を交えて天井に向けて引き金を引いたのだ。そんなことで何も変わりはしない。ここに来たのではなく、ここに越させられたのだから。それも、犯人に手によって。
「次は、お前に撃つ。痛い思いは勘弁だろう?早く話してくれ」
何故奴から懇願されなければならない。だったら、俺はここから早く出たいのだ。まずは俺の願いを叶えるべきではないのか?
「話すもなにも、お前がここに連れてきたんだろ?話すことは何もない!」
背中から不意に外れた銃口は、身体に触れることはなく火薬の臭いを含ませて吠えてみせた。暫く間は何も感じなかったが右腕に鈍い痛みが走る。じわじわと流れ出でる血液が腕を滴り、指を伝っていた。
「ぐぅっ……っ!」
痛みを感じたのはその辺りからだった。熱を帯びた患部からは、沸騰しきったお湯の様な血が吹き出している。止血など出来るはずもなく、そのまま血液は血溜まりを作る。
「んんー、ん」
俺の後ろに少なくとももう一人がそこにいる。俺の見えないところで、俺と同じようにタオルを噛まされているのだろう。悲鳴を上げたくても、タオルがクッションになって声になっていない。
篦棒が!人質なんて、質が悪い。狙いが何だが知らねえが、俺を狙うのに人質を使うのは気に食わない。だからと言って、今の状況では俺が何とかして人質を解放してやれる事は無理だ。それもわかってる。くそ、腹立たしい!
「わかっているさ、侑里。だから早く話してくれ」
わかっている?何がだ?人質の話はしていない。頭のなかで考えていただけだ。考えても無駄だと分かっていても、頭が働き続ける。自分でも解るほどしかめっ面になっている。なんだ。なんなんだ、この違和感は…。
「んん、んーん」
うるさい!邪魔だ。今、話しかけるな!こんなことで犯人の怒りを逆撫ででもしたら…
バン……!
パァーン…!パン、パァーン。
連撃?音の違う2つの拳銃と、複数人が駆け付ける足音。なぜ、ここに入ってこれた?犯人は…?
「んん、ぐぅあ。…はぁ、はぁ……。んぐ……ぐぁぁぁああ!」
ボイスチェンジャーで代わった悲鳴。金属、拳銃が落ちる音。どうなっている?
「君が侑里くん?」
黒のニット帽を被った、20代前半の男が俺の前に顔を覗かせに来る。チラリと顔を見るや否や、足に着けていたポシェットの中から白いタオルを出し、腕を止血してくれた。それから、手足を縛っていた麻縄を解いて…。手慣れた手付きで俺を解放するのに1分と掛からなかった。それなのに当ててくれたタオルは、その一分で裏の方まで真っ赤に染まっていた。
「あの……」
「気にする事じゃねぇよ!それより、無事で良かったな、侑里くん」
爽やかな笑顔でそれだけを告げ、もう一人の男の方へと向かった。同じタイミングで駆けつけた、彼の仲間なのだろう。手早く犯人を抑え、片付けを済ませ外に出ていった。
「そうだ。もう一人の子は……!?」
振り返ってみるが、そこに元気な姿の人間は見当たらない。恐る恐ると視線を下ろしていく。顔は見えないが、小柄な女の子なのだろう。服装と身長、見た目から推測した体重を総計しても、小学校入った辺りの子供だ。無惨な姿で顔を伏せた様な体勢で倒れている。じわじわと血が広がっていく。ダメだった、のか…。
「そう言えばさっきの連中、警察、なのか…?あんな制服見たことないけどな…」
まぁ、考えても仕方がない。
「い、てててて……ん、なんだこれ」
痛みに堪え、足元に落ちてある小さな紙切れを手に取る。
「『child save project……早田 浩輔』?名刺か…?住所と電話番号、さっきの人の?」
child save projectなんか、聞いたことないよな。ここの倉庫のものかも知れない。何か手掛かりがあっても、おかしくはないよな…。
それから、約30分。倉庫の中を漁ってみたが、何も収穫はなかった。いや、ここが廃墟の倉庫だと言うことくらいか…?まだ探せていない場所もあったが、 パトカーのサイレンが聴こえたのでこれ以上の捜索は止め、倉庫を出ることにした。
*少年side*
都内にある何もおいていない、廃館の倉庫。蒸し暑い夏に、なぜこんなことになっているのか今の俺には全く理解できない。
手足首を縛られ、口にタオルを噛まされ、椅子に座られた状態で早一時間。一体なんの嫌がらせなのだ。気がつけばここにいるのだが、一時間なんの進展もない。目隠しをされていないから辺りの状況は把握できるが、こんなもの何の発展にも繋がらない。誘拐されると言うのは、あまりにも退屈なものだ。
あーぁ。こんな状況だからこそなのだろうが、本が読みたくて仕方がない…。
「ゲームでもくれてやろうか、ガキよ」
ドラマとかで聞いたことがある程度の知識だが、これがボイスチェンジャーなのだろう。器械音で、声だけを聞けば性別が全く判断出来ない。
「いや、本が読みたくなったか?侑里」
こいつ、何で俺の名前を…?
どうでも良いことだが、微かに疑問に感じる。だが、名前を知っていると言うことは身代金目的の誘拐ではないのだろう。そもそも両親は既に他界しているし、そんな理由だとしたら検討違いも良いところだ。だとすれば、逆に何の目的で俺を誘拐したのかがわからない。まぁ何れ分かることだし、考えても犯罪者の……いや、こいつの思考なぞ解るはずもない。考えるだけ時間の無駄だ。
「それよりも侑里。一時間が経とうとしているな。話す気になってくれないか?なぜ、ここに来たのかを…」
カチャリと言う鈍い金属音。背凭れのない椅子越しに背中に突きつけられた硬く冷たい何か。この状況と犯人の要求からして、俺に突きつけられた何かは拳銃だと考えるのが賢明だろう。後ろから外されたタオル。これで何を話せと言うのだろうか。
「長い時間ここに居ては窮屈だろう?話して楽になりたくはないのか?」
「話すことなどない」
その瞬間、耳を劈くような音が響いた。鼓膜が破れそうな程の大音量で、何と表現して良いかわからない音で響き渡る。恐らく、犯人が威嚇を交えて天井に向けて引き金を引いたのだ。そんなことで何も変わりはしない。ここに来たのではなく、ここに越させられたのだから。それも、犯人に手によって。
「次は、お前に撃つ。痛い思いは勘弁だろう?早く話してくれ」
何故奴から懇願されなければならない。だったら、俺はここから早く出たいのだ。まずは俺の願いを叶えるべきではないのか?
「話すもなにも、お前がここに連れてきたんだろ?話すことは何もない!」
背中から不意に外れた銃口は、身体に触れることはなく火薬の臭いを含ませて吠えてみせた。暫く間は何も感じなかったが右腕に鈍い痛みが走る。じわじわと流れ出でる血液が腕を滴り、指を伝っていた。
「ぐぅっ……っ!」
痛みを感じたのはその辺りからだった。熱を帯びた患部からは、沸騰しきったお湯の様な血が吹き出している。止血など出来るはずもなく、そのまま血液は血溜まりを作る。
「んんー、ん」
俺の後ろに少なくとももう一人がそこにいる。俺の見えないところで、俺と同じようにタオルを噛まされているのだろう。悲鳴を上げたくても、タオルがクッションになって声になっていない。
篦棒が!人質なんて、質が悪い。狙いが何だが知らねえが、俺を狙うのに人質を使うのは気に食わない。だからと言って、今の状況では俺が何とかして人質を解放してやれる事は無理だ。それもわかってる。くそ、腹立たしい!
「わかっているさ、侑里。だから早く話してくれ」
わかっている?何がだ?人質の話はしていない。頭のなかで考えていただけだ。考えても無駄だと分かっていても、頭が働き続ける。自分でも解るほどしかめっ面になっている。なんだ。なんなんだ、この違和感は…。
「んん、んーん」
うるさい!邪魔だ。今、話しかけるな!こんなことで犯人の怒りを逆撫ででもしたら…
バン……!
パァーン…!パン、パァーン。
連撃?音の違う2つの拳銃と、複数人が駆け付ける足音。なぜ、ここに入ってこれた?犯人は…?
「んん、ぐぅあ。…はぁ、はぁ……。んぐ……ぐぁぁぁああ!」
ボイスチェンジャーで代わった悲鳴。金属、拳銃が落ちる音。どうなっている?
「君が侑里くん?」
黒のニット帽を被った、20代前半の男が俺の前に顔を覗かせに来る。チラリと顔を見るや否や、足に着けていたポシェットの中から白いタオルを出し、腕を止血してくれた。それから、手足を縛っていた麻縄を解いて…。手慣れた手付きで俺を解放するのに1分と掛からなかった。それなのに当ててくれたタオルは、その一分で裏の方まで真っ赤に染まっていた。
「あの……」
「気にする事じゃねぇよ!それより、無事で良かったな、侑里くん」
爽やかな笑顔でそれだけを告げ、もう一人の男の方へと向かった。同じタイミングで駆けつけた、彼の仲間なのだろう。手早く犯人を抑え、片付けを済ませ外に出ていった。
「そうだ。もう一人の子は……!?」
振り返ってみるが、そこに元気な姿の人間は見当たらない。恐る恐ると視線を下ろしていく。顔は見えないが、小柄な女の子なのだろう。服装と身長、見た目から推測した体重を総計しても、小学校入った辺りの子供だ。無惨な姿で顔を伏せた様な体勢で倒れている。じわじわと血が広がっていく。ダメだった、のか…。
「そう言えばさっきの連中、警察、なのか…?あんな制服見たことないけどな…」
まぁ、考えても仕方がない。
「い、てててて……ん、なんだこれ」
痛みに堪え、足元に落ちてある小さな紙切れを手に取る。
「『child save project……早田 浩輔』?名刺か…?住所と電話番号、さっきの人の?」
child save projectなんか、聞いたことないよな。ここの倉庫のものかも知れない。何か手掛かりがあっても、おかしくはないよな…。
それから、約30分。倉庫の中を漁ってみたが、何も収穫はなかった。いや、ここが廃墟の倉庫だと言うことくらいか…?まだ探せていない場所もあったが、 パトカーのサイレンが聴こえたのでこれ以上の捜索は止め、倉庫を出ることにした。


