「お前の方はどうなんだよ。チア」
「うーん。ウチは野球部強くないでしょ? 甲子園は無理そうかなぁ」
「いや、甲子園の話じゃなくて……」

 結衣は地元の高校に進学し、チアリーディング部に所属している。

 中学の頃は家の手伝いがあるからと帰宅部だった結衣が、高校に入りチア部に入部したと聞いた時には、一体どうして興味を持ったのかと不思議に思った。

 結衣がチアの衣装できびきび踊っている姿が想像出来ないし、実際に踊っている姿を見たことも無い。

 少なからず興味があって、この際訊いてみるかともう一言付け加えた。

「お前さ、どうしてチアやろうと思ったの?」
「……本当はね、野球部のマネージャーやりたかったんだ」
「は?」

 思いがけない返答に、翔一は思わず目を丸くした。

「でもほら、野球部って練習とか試合とか色々あるでしょ? かと言って吹奏楽部は……私楽器出来ないし。ウチの高校のチアはそれほど力入れてないから、だから」
「いや、待て。よく解らないんだけど」
「どうして? 甲子園に関係してるじゃん、ぜんぶ」

 言われ、翔一は無意識に顔をしかめていた。甲子園という響きに、居心地の悪さを感じる。

「しょうちゃんとまこっちゃんが目指してるところ、私も行ってみたいなーって思って」

 結衣のその言葉は、きっと昨日までの自分なら少なからず嬉しいと感じていたに違いない。

 しかし、今は重くのしかかるばかりで息苦しかった。

「でもやっぱり難しいかなぁウチの高校だと。……って、あれ? しょうちゃん? どしたの?」
「いや、もういい」

 出来るだけ野球の話を避けたかった翔一は、そこでぶつりと話を終わらせた。

 続く話題がこれと言って見つからず、かと言って何か訊かれるのも恐ろしくて、ただただテレビのチャンネルをザッピングする。

 結衣はといえば、さほど気にした様子もなく、座卓に頬杖をついて変わっていくチャンネルに視線を向けている。翔一に何かを問い詰めようとする様子は微塵も無い。

 誠から話を聞いて来た訳では無いのだろうかと、ちらりと横目で結衣を見遣った。

 日の光を反射してきらりと光る黒髪はしなやかで、少し赤らんだ頬がよく映える。

 きっと部活で鍛えられているのだろう、手足は程よく筋肉がついていて、そこがまた女っぽい。

 背も少し大きくなった。

 しゃんと伸びた背筋からは凛々しさが感じられる。

 瞳も澄んでいて、鼻梁もすっと通っていて、唇は柔らかそうで――

 と、そこで結衣と目が合い咄嗟にテレビに視線を戻した。


 見るな。そんで考えるな。馬鹿か、俺は。


「じゃあ、私行くね」

 唐突にすくりと立ち上がる結衣に、え、と一瞬間を持たせてから翔一も一緒に立ち上がる。

「今日、時例祭でしょ? 無理言って抜けてきたから、もう戻らないと」
「ああ、そっか……」

 言われて、結衣の家の事を思い出した。

 結衣の父親は、時例祭が行われる神社の神主なのだ。

 結衣も巫女として神社の仕事を手伝っており、祭りの当日は毎年バタバタと忙しそうにしていた。

 中学時代に帰宅部だった理由はそこにある。

 忙しい中をわざわざ自分に会うために抜けてきたらしい結衣が、余計に解らなくなった。