「松岡ァ! 何回同じことやってんだお前は!」

 連休前日のグラウンドに、監督の怒声が響いた。

 野球部専用の広いグラウンドでは、野手の守備を主とした練習が行われている。

 一年生の多くはグラウンドの奥に待機して転がって来るボールを拾い集める役目に必死になっているが、皆それぞれ自分のやるべき練習に熱心に取り組んでいた。

 練習中に飛ぶ監督の怒鳴り声は慣習のようなもので、誰が怒鳴られてもそれに逐一反応する部員はほぼ居ない。

 私立城聖高校は、県内でも有数の野球強豪校である。

 百名近くの部員が寮生活を送りながら、日々きつい練習に汗を流しレギュラーの座を勝ち取るべくしのぎを削っている。

 いつもの練習風景の中で、松岡翔一はレフトの守備位置に無言で戻りながら、唇を強く噛んだ。

「松岡! 聞いてるのか、おい! やる気が無いなら出ていけ!」

 再度の叱咤は、今日一番の怒号となった。

 その剣幕には各々練習をしていた手が止まり、視線が翔一へ集中する。

 外野フライの捕球から内野への送球という、ごく基礎的な動きの中でのミス。翔一はそれを何度となく繰り返していた。

 高校二年、春もそろそろ終盤に差し掛かり、じとりと肌にまとわりつく空気とどんより曇った空は梅雨の気配を感じさせている。

 数か月後には甲子園を目指す県大会を控える時期となっていた。

 今年こそはとレギュラー入りを目指し日々の練習に取り組んでいた翔一だったが、思うような成果は表れていなかった。

 ――俺が居るのはあそこのはずだったのに。

 翔一の脳裏に、グラウンドの端に作られたブルペンの景色が浮かぶ。

 見ずとも容易に脳裡に浮かぶその光景は、自分が練習に励む場所の一つのはずだった。

 中学の時はピッチャーを務めていた。

 地元でもそれなりに名を馳せた翔一は、当時女房役であった坂井誠と一緒に今の高校――私立城聖高校へ推薦入学を果たした。

 しかし、中学時代に剛腕だなんだと持てはやされた翔一は、高校へ入ると次第に目立たない部員の一人となっていった。


 自分自身は、私立の強豪校と名高い城聖高校でも、それなりにやっていける自信はあった。

 それどころか、一年、遅くても二年の夏には甲子園球場のマウンドで投球する自分の姿さえ思い描いていた。


 それがどうだ。

 投手は他県からやって来た強者揃いのメンツに奪われ、レフトへコンバートされた。

 挙句、何度も何度も先輩たちからアドバイスをもらった送球動作さえままならない有様で、練習試合でもいまだレギュラーに選抜された事はない。

 この夏の大会で、控え選手にすら選ばれる余地が無い事は周りの仲間をみれば一目瞭然だった。

「おい、松岡……何か言えよ」

 唇を噛みしめたまま地面を見つめる翔一に、同学年の部員が声をかける。

 監督があんな具合に声を荒げる時は、対応を間違えると状況が悪化するという事が解っているからだ。

 翔一はしばらく無言で薄茶に乾いた足元を睨みつけ、おもむろに左手のグローブを抜き取り――地面に叩きつけた。