「……美海、唇噛むな。キレてる」
そっと一斗は開いている手で私の唇に手を当てた。
「な、んで……」
「………何だ?」
「なんで一斗はそんなに優しいの?」
私が無意識のうちに口から出した言葉は、酷く純粋なものだった。
「…………やっと"くん"付けなしで呼んだな」
一斗は、ただ緩やかに笑った。
また心臓が軋んで痛んだ。
私が一斗を"一斗くん"と呼びだしたのは、一斗が姉と付き合ってからだ。
私が一斗に告白しようとした日に、一斗は姉とキスを交わしていた。
そして一斗はその日に家庭教師を辞めた。
今では、ただただもう苦い思い出。
「………一斗は、馬鹿だね」
私は今、笑っているのだろうか。
泣きそうな顔をしているのだろうか。
分からなかった。
まだ私はあなたの夢を見る。
切ないほど愛おしい夢を。
"先生"と夢の中の私があなたに訴えかけている。
ふと、なぜかもう一人の私の先生の不器用な笑みが頭に浮かんだ。
みんなただ私じゃなくて他の人を選んでいるだけだ。
悲観することはない。
ただ、私が選ばれる人間に値しないだけだ。
私が、ダメなだけだ。
「…………美海?」
「…………一斗」
唇に添えられている一斗の手にそっと自分の手を重ねた。
___________この温もりは、私のモノじゃない。


