「そう、夜」

「夜がどうかした?」

「覚えてないの?」

「なんのことなの?」

どうやら、本気でわからないみたい。

ソファーの上に起き上がり、人間界で言うところの正座の体勢になった。

なんだか、そんな気分だったんだ。

そして、恐る恐るあのキーワードを口にした。

「サナ――」

一瞬、空気の震える音が聞こえたような気がした。

その音は、彼女の口の中に勢いよく消えていく。

表情が、少しずつなくなっていった。

左の目じりから、一粒の雫が流れ落ちた。

彼女は――

紗良奈は、もうすでにドコカに行ってしまったようだ。

ここにいるのは、毎晩見る抜け殻のようなもの。