美術館のミュージアムショップ。
   恵が一人で商品を物色していると、悠がやってくる。

悠 「あーもう、こんな所にいた。恵!」
恵 「お姉ちゃん。」
悠 「まったく、せっかく美術館に来てるっていうのに
   サクサクサクサク歩いて。私より恵の方がこういう所好きでしょう。」
恵 「そうなんだけど。」
悠 「またお母さんに何か言われたの?」
恵 「別に。」
悠 「嘘。口がとんがってるよ。恵って何かあると昔からその顔になるんだから。」
恵 「お父さんとお母さんは?」
悠 「ゆっくり見て回るってさ。」
恵 「そう。」
悠 「就職のこと?」
恵 「うん。」
悠 「まあ、手堅いところの方が将来が安心っちゃ安心だからね。」
恵 「お姉ちゃんもそう思うの?」
悠 「思うよ。」
恵 「やっぱり。」
悠 「お母さんの言うとおり、最初の5年間くらいは就職してみたら?」
恵 「5年で辞めるんじゃ、最初からやらなくても一緒でしょ。」
悠 「社会勉強だと思えばいいのよ。
   社会人ってバイトとはわけが違うんだから。」
恵 「バイトしたことない人に言われたくない。」
悠 「たまにはお母さんの言うことも聞いてあげなさいよ。」
恵 「私はお姉ちゃんみたいに優等生じゃないもん。
   お母さんが言ってるような企業に入れる頭なんてない。」
悠 「勉強すればいいじゃない。」
恵 「今さらトイックとSPIやれって言うの?もう9月だよ?」
悠 「出来るでしょ。いつでもテスト一夜付けだったじゃない。」
恵 「簡単に言わないでよ。」
悠 「また口がとんがってる。」
恵 「お姉ちゃんは昔からそうじゃん。大人の言うことは何でもハイハイ聞いて、
   仕事まで言われたとおりに決めちゃってさ。
   私は自分がやりたいように生きたいの。
   私はお姉ちゃんみたいにいい子じゃないもん。」
悠 「…。」
恵 「…ごめん。」

   間。

悠 「ねえ恵、お土産選ぶの手伝ってよ。」
恵 「え?」
悠 「いいでしょ、恵は買い物好きじゃない。」
恵 「お土産って、職場に?」
悠 「そう、25人分。」
恵 「だったらわざわざミュージアムショップで買うことないじゃない。
   お菓子で十分。」
悠 「そうかな?」
恵 「先生たちにキーホルダーとかポストカードあげたって、
   机の引き出しにでもしまわれておしまいでしょ。」
悠 「違う違う、先生たちにじゃなくてクラスの子たち。」
恵 「そうなの?」
悠 「クラスでね、宿題を出したの。夏休みにたくさんお出かけして、
   9月の始業式にはたくさん思い出を持ってきてくださいって。」
恵 「お姉ちゃん、本当に先生してるんだね。」
悠 「何よその言いぐさは。とにかく、そう言ったからには
   私も思い出を持っていかなきゃいけないわけですよ。」
恵 「それってさ、別にモノじゃなくてもいいんじゃないの?」
悠 「そうなんだけど、やっぱりモノをもらうのって嬉しいじゃない。
   それに、子供ってあんまり美術館とかまだ来ないじゃない。
   こういう所もあるんだよって教えてあげたいのよ。
   大人の階段を一歩登らせてあげたいと言うか、
   世界を広くしてあげたいというか。」
恵 「何となくわかったよ。そういう情操教育的に使いたいんなら、
   図録を一冊買ってみんなで見るのが手っ取り早いでしょ。」
悠 「それだとなんだか味気ないじゃない。」
恵 「お姉ちゃんのクラスって何年生だっけ?」
悠 「2年生。」
恵 「じゃあさ、せっかく山ばっかの所に来てるんだから、
   都会にはない花とか葉っぱとか木の実とか集めて、
   生活科だか図工の時間に好きな物作らせてあげればいいんじゃない?」
悠 「あぁー。」
恵 「うちらも小さい頃、学校のプールの裏とかでドングリ拾ってたじゃん。」
悠 「やったねー、キリで穴開けて楊枝さしてドングリ独楽とか。」
恵 「中身くりぬいて指人形とかね。」
悠 「懐かしいねー。15年前はうちらもそんなだったねー。」
恵 「2年生ならまだそういう遊びも楽しめる年でしょう?
   これが3・4年生になると、アイドルのブロマイドやらカードゲームやらを
   学校に持ち込むようになるんだから。」
悠 「恵、今の子はDSと携帯よ。」
恵 「本当に?15年経つと子供も進化するのねー。」
悠 「決めた、私のクラスは電子機器に依存しない
   オーガニックな子供たちに育てるわ。」
恵 「はは、無農薬野菜みたい。」
悠 「いいでしょ。でもさ、始業式まであと2週間くらいあるでしょう。
   植物って腐らない?」
恵 「花と葉っぱはティッシュに包んで広辞苑にでも挟んでいけば
   大丈夫でしょ。」
悠 「あぁ、押し花ね。」
恵 「しっかりしてよ、悠ちゃん先生。」
悠 「はいはい。やっぱり恵に相談するのは正解ね。」
恵 「どういたしまして。」
悠 「どう、少しは元気出た?」
恵 「え?」
悠 「悩んだり、不機嫌そうな顔をしてるのは恵らしくないでしょう。
   恵は恵らしく、いつも楽しいこと考えてニコニコしてなさい。」
恵 「なんか私、すごい能天気な人みたいじゃん。」
悠 「実際そうでしょ。」
恵 「ちょっとお姉ちゃん。」
悠 「みんな、恵のことが大切だから心配するんだよ。」
恵 「・・・」
悠 「恵も解ってもらうだけじゃなくて、みんなを解ってあげなさい。」
恵 「・・・うん。」
悠 「じゃあ図録買ってくるわ。後で押し花作るの手伝ってよ。」
恵 「はぁーい。」

   悠が去り、恵は大きく深呼吸をする。