「こころー」

ようやくあだ名に慣れ、すぐに反応できるようになった頃のことだ。
ふと呼ばれた方へ顔をむけると、一人の女の子が跳ねるようにやってきた。
背はうんと低く、小学生といってもおかしくないくらい。長いつやつやの髪をゆらしながらやってきたのは、最近一番仲がいい、“いくらちゃん”こと、春日 結衣だった。かわいい容姿とはうらはらに、なかなか毒舌だとわかったのは、最近のことだ。

ちなみに、このこのあだ名は某アニメからではなく、純粋に好きな寿司のネタからとっただけである。

「どしたの?」
「今日、みんなでクレープたべにいかない??」

きらきらした視線を私に向けながらいくらちゃんは、今日クレープの日だから、やすいんだよー!と、続けた。

「えー、先週もいったでしょー」
と、いいつつも、今までこういう友達と遊びに行く機会が少なかった私には、なかなか嬉しい誘いだったりする。

「こころは行かないの?」

そういって会話に入ってきたのはサカケンだ。男子と会話するのが苦手な私でも、普通に話せる男子のうちの一人である。

「んー…、悩み中かな」
ぎこちなく笑って見せると

、サカケン独特のニヤリ笑いをうかべて言った。
「来いよ、今日は俺も参加だし。あと笹山も」
近くで帰り支度していた小松くんに顔向けると視線に気づいたのか、軽く会釈した。

「サカケンと小松くん仲いいんだね」
「学校始まる前から知り合いだったからな。オープンキャンパスの説明会で知り合ってさ。」

ふうんと相づちをうち、顔を戻すと、膨れ面のいくらちゃんが現れた。

「いくの?いかないのー?」
「あー、いくいく、いきますよ!」

そういうと、いくらちゃんとサカケンは満足気に笑った。


学校近くのクレープ屋は、毎週水曜日はクレープの日で、いつもより安くなるのだ。
そして、私達のクラスは、毎週水曜日の授業がお昼までなのである。

「さー、いこいこ!」
いくらちゃんに急かされ、ふと周りを見る。全員で8人くらい。しかし。
「あたしら以外男子じゃん…、」
「だってー、他に空いてるこいなかったんだもん。」
また膨れ面をみせたいくらちゃんに、私は小さくため息をついた。
当時のいくらちゃんは、いわゆるモテ期というやつで、周りの男の子達からつっつき回されていることがおおかった。
当のいくらちゃん本人は、ちょっと背が高めのサッカー少年に恋をしていたようだが。
それを横でみるのは楽しい(もともと人の恋愛模様を観察するのは大好きだ)。が、男子単体でみると、昔のトラウマからか、どうしても苦手だ。
(でも、)
集団下校のようにぞろぞろ歩いて帰りながら、私は考える。
こんなことではいけない。私は人と関わる仕事をしたいんだから。

よし、と気合いをこっそり入れると、隣にいた笹山くんに声をかける。
小松くんは、前にいるいくらちゃん達を後ろから眺めていた。
「小松くんは、どこ出身だったっけ??」
すると小松くんは、少し驚いたように私をみた。
「あー、俺明石だよ」
「明石…、あ!標準時子午線!」
「そうそう」
「…、」
会話がひとつ終わってしまった。沈黙ができないうちに再び話かける。
「小松くんは、なんで声優になりたいと思ったの?」
すると、明らかに雰囲気が変わった。目がきらきらして、何かに燃えている。そんな目だ。
「俺さ、昔いじめられてて、スッゲーネクラでさ。でも、高校で、声まねするようになったんだ。この声も、昔はもっと高めだったんだけど自分で研究して。ネットで放送やったら、いろんな人と友達になれて。初めて自分に自信がもててさ。」
人がかわったようにペラペラ饒舌青年に変わった小松くんに、驚いたと同時に興味が湧いた。
「声まねやってる声優さんとか、声の仕事をしている人をすげー尊敬してるから、俺も、同じように誰かを変えたいなって思ってて。」
「わ、私も!」
思わず遮ってしまったがとまらない。
「私も昔いじめられてて…、でも、好きなアニメの声優さんがすごい好きでね、聞いてて、私もこんな風に、誰かを変えられるくらいの人になりたいなって!」
小松くんが大きく頷きながら笑った。
「小松さん、あの、声優のね、小松さんって、私が好きなアニメの主人公のお父さんの声優さんなんだよ!」
少し興奮しながらそういうと、小松くんは、嬉しそうに、じゃあ今度練習しておくよ!と、いった。