踏み入れた建物は、やっぱりオフィスビルで。



白を基調とした吹き抜けのロビーを、慌しくビジネスマンが行き交っていた。



右手には守衛室があって、そこに真っ直ぐに進んで行く慧さん。




「お疲れ様です。頼んでおいたやつ預かってます?」




「お疲れ様です。はい、こちらに」




声を掛けられた警備服を着た男性が、慧さんに用意していた何かを手渡して。




「ありがとうございます。マリアちゃん、こっちだよ」




それを受け取った慧さんは、私に手招きをして奥にあるセキュリティゲートに足を向けた。




「はい、これ渡しておくね。ここから先は、このICカードがないと入れないから無くさないように」




「あ、ありがとうございます」




手渡されたそれを翳してゲートを潜る。



料理教室に通うのに、まさかのICカードを使う事になるなんて。



そのまま正面にあるエレベーターに乗り込んで、向かった先は28階。




「「いらっしゃいませ」」




「こ、こんにちは」




エレベーターを降りると、受付の女性二人にお辞儀されて慌てて頭を下げる。



その女性二人に「お疲れ様です」と声を掛けながらどんどん奥に進んで行く慧さんの後を小走りで追いかけると、廊下の突き当りにあった扉の前で足を止める。




「約束の時間まではまだ少しあるけど、早く行こう。あの人、首を長くして待ってるから」




「は、はいっ!」




いよいよ、魁のお母様と初対面だ。



さっきから緊張で心臓バクバクな私。



この扉の向こうに魁のお母様がいるんだと思ったら、止まった途端に足が震えてきた。



そんな私の耳には、「少しでも遅れたら、俺殺される…」という慧さんの小さな呟きは届いていなかった。