慌てて浴場を飛び出してしまったけれど。


「どうしよう……」


考えてみたら今日初めて来た旅館で、案内もされていないのに泊まる部屋なんてわかるわけがない。

……魁さんに会えなかったらどうしよう。

不安な気持ちを隠せないまま、取り敢えずは真っ直ぐに伸びている廊下を進んで行けば


「身体は温まったか?」


「……っ、魁さん!」


廊下の脇にあった小さな休憩スペースで、壁に寄り掛かって缶コーヒーを飲んでいた魁さんに声を掛けられた。

魁さんも温泉に入っていたのか、浴衣に着替えていて。

洗いざらしの前髪の間から覗くダークブラウンの瞳が私の姿を捉えると、鋭い目元が和らいだ。


「ずっと待っていてくれたんですか!?」


たっぷりと時間をかけて温泉に浸かっていた私とは対照的に、多分……いや、間違いなくあまり時間を掛けずに出てきたであろう魁さんは


「お前を一人にしたら、何処に行っちまうかわからないからな」


「それについては、返す言葉もございません」


私の言葉を聞いてクッと喉の奥で笑うと、残ったコーヒーを飲み干してごみ箱に放り込む。


「今頃ちょうど部屋の方に料理が運ばれてるから、早く行って飯食うぞ」


旅館のご飯!!

どんな美味しい料理が出てくるんだろう?なんて能天気なことを考えていた私は


「はい!」


ご飯を食べた後のことなんて全く頭にないまま、差し出された大きな手に自分の手を重ねて歩き始めた。