上がっていって。
そう言われた。
この家に来るのは始めてだ。ましてや、橘茉梨の母親に会ったことですら、つい2分前のことで。
そんな人間を家に上げるのだから、少なからずの信頼は得ている。そう確信することができた。
玄関で靴を脱ぎまっすぐ進んで、すぐ左側。透明なガラス窓が花のかたちにはめ込まれた、可愛らしいデザインのドア。
おそらく、ここがリビングだ。
「入ってすぐにソファがあります。突然のことでしたので、あまり片付いていませんが、どうぞ」
母親はきっと、このまま橘の部屋に向かうのだろう。
僕はここで待っておけ、ということだ。
が、僕はあえて、付いていく、と言った。
母親は、その言葉に特別驚いたような素振りも見せず、ちらり、と僕を見ると、「そうですか。構いませんよ」と言って薄く微笑む。
「ありがとうございます」
「いえ。ああ見えて、茉梨は寝起きが悪いんです。しかし、あなたがいれば目も覚めるでしょうから。茉梨の部屋は二階です」
ついてきてください、と言うように背を向けた母親の背中を追う。
