「お兄ちゃん、どうしたの?」




唯が不思議そうに席を立つと、その向かいに座っていた井上 蓮も唯と一緒にこちらに向かって来た。




客達の視線が2人から俺達家族に向けられる。



その視線は実に羨ましそうなものだった。




「ほら、こっちに引っ越して来る前隣の家だった中村さん達だよ。」




そのとき、唯の足が止まった。



まだ俺達の席までは10歩ほどある。




「どうしたんだ?」




弘樹君は、きっとあのことを知らないんだ。



俺が両親や瑞希にも言わなかったように、唯も誰にも言わなかったのかもしれない。




「あ、えーと、うん。

そうだ蓮!今撮影の途中でしょ!お兄ちゃん、お金明日でいいよね?」




「え?それは構わないけど悠斗いるんだぜ?お前仲良かっただろ。」




ここからは唯の顔が正面から見える。




その顔が俺を拒否していることは遠目からでも分かった。




「あ、あたし達急いでるから。じゃーね、悠斗。」




その言葉を聞いて、もう帰るのかと客達が騒ぐ声が響いた。



その中を突っ切るように唯は店を出て行った。