「裕兄さんの言うとおりだよ。
 最初は、ただ彼女に目が行ってばかりだった。

 六月、母さんの紹介で立ち寄った画廊に
 彼女が働いてた。

 彼女が描いた絵を購入して、隆雪の病室に飾った。
 次に会ったのは、香港のファンクラブ旅行。

 百花ちゃんを意識して会うようになればなるほど、
 理佳と重なることが多くなって、
 理佳に対する罪悪感が消えることはなかった。

 だけど彼女が気になる俺自身も止められないんだ。

 Ansyalが隆雪の大切な夢だってことは知ってる。
 俺にとってもAnsyalは大切な存在だから。

 だけど……俺は、
 Ansyalの託実でしか存在することは許されないのか?

 ずっとAnsyalの託実だった。

 Ansyalの託実であり続けた俺が、
 今、兄さんや姉さんたちの前以外で、
 唯一Ansyalの仮面を外せる存在。

 彼女が今の俺にとって、そんな存在であることは事実なんだ」






そう……。



どれだけ目を反らそうとしても、
気が付いたら彼女を追いかけてる。



彼女の気が惹きたくて、
彼女に少しでも関わっていたくて
今日みたいに、忘れ物を自分で届けてる。




多分……彼女が今の俺の暗闇から連れ出してくれる
そんな存在だから、こんなにも彼女が気になって仕方ないのかもしれない。


そんな風にも思えた。





「わかったわ。
 託実……貴方の気持ちは良く伝わった。

 そうね、事務所の責任者としての私からは
 マスコミには注意を。

 念のため、私と高臣様の持つ悧羅のパイプをフルに活用して
 報道規制をしようと思うわ。

 十夜にも話しを通しておきましょう。
 今日もロサンゼルスで心配してたわよ。

 ちゃんと連絡入れておきなさい」



宝珠姉はそう言うと、高臣さんと視線を合わせた。



「託実、今の託実には時間が必要なようだね。

 ずっと止まり続けていた時計の針が、
 ようやく動き出そうとしてる。

 ゆっくりと自分の心と向き合ってみるといいよ」



裕兄さんはそう言うと、
ジャケットのポケットから一つのカードを取り出す。



「これは裕真から預かってきたもの。
 最上階の部屋の鍵。

 彼女と過ごすのに使うといいよ」 



裕兄さんから、裕真兄さんが預かっている
伊舎堂グループ内のアメジストホテルのカードキーを受け取ると
俺はポケットの中へと突っ込んだ。