「あの絵は孫が描いたものだ。

 孫にはどうしても助けたかった姉が居てね、
 姉の為に、百花がずっと描きつづけた絵の一枚。

 儂の宝物だ」



そう言って喜多川昇山は、寂しそうに言葉を吐き出した。



「先日、彼女とお寺の駐車場で会いました。

 大切な人が眠っているのだと……。
 それはお姉さんのことだったんだですね」



思わず……満永理佳の名を紡ぎそうになるものの、
まだ確信はないので、その名を紡ぐのには抵抗がありすぎる。


「あぁ。
 夏は私のもう一人の孫娘の命日でもあってな。
 百花の姉が亡くなって、百花はずっと塞いでばかりいた。

 だが大学生になった頃から、百花が笑うようになった。

 君は……百花の大好きなバンドのメンバーなのだろう。
 あの子の部屋のポスターで、君の顔を見かけた気がするよ」



まさか……そんな言葉が帰ってくるなんて思いもしなくて、
俺はただその言葉を受け止めることしか出来ない。



「あの子は大好きな家族を失ったショックで、
 今も記憶の一部は失ったままだ。

 だけど君と出逢って、
 儂の孫はもう一度笑顔を見せてくれるようになった。

 百花に再び笑顔を取り戻してくれて、
 感謝している。

 
 今日は君に挨拶がしたくて、時間を貰ってしまった。
 君が届けてくれたお菓子も、百花の忘れ物も責任もって渡しておくよ。

 君さえ良かったら、また百花を訪ねて来てやってください」



そう言いながらその老人は、ゆっくりと頭を下げた。





百花ちゃんを知ろうと思えば思うほど、
理佳の影が濃いくなっていく。



そんな現実に戸惑いながらも、
俺自身が、百花ちゃんに惹かれていく心はとめることが出来なかった。




『愛』と『戸惑い』


言葉にするにはあまりにも薄っぺらく簡単で、
答えの見つけだせないループが俺を捉え続ける。








……理佳……、
俺はもう一度……誰かを愛しても許してくれるか?







どんなに問いかけても、
理佳の声は届かない。