「傷つけたよな……。
百花ちゃんじゃなくて、理佳を思って代わりにしたなんて知ったら……。
最低だよな」
独り言を口ずさむように吐き出した。
ふいにシーンとした部屋に鳴り響く携帯の着メロ。
液晶に表示されているのは、十夜の名前。
ゆっくりと通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てた。
「託実、起きとるか?」
「あぁ」
「なんや実夜女史が偉い剣幕やったけど?」
「悪い……。
百ちゃん、部屋に連れ込んだの見られた」
そう切り返した俺の言葉に電話の向こうで、
十夜は笑いながら続けた。
「そうか……。
百ちゃん招待したんか。
託実もええ人に出逢えたらええよな。
Ansyalの俺らじゃなくて、素の俺らでも
受け入れてくれる存在にな」
そう続けられた言葉に、チクリと心が痛む。
「そうだな……でも今回は逃げられたよ。
シンデレラのガラス靴を残して」
シンデレラが残したガラスの靴よろしく、
百ちゃんが残したのは、あの日百ちゃんが香港の夜店で購入した
戦利品たち。
「託実、ゆっくり動けよ。
それに一人で気負い過ぎるな。
マスコミ関係に写真が出回るようなら、
オレが先に手を打つ。
まっ、オレの素性を知るやつなら
下手なことは一切しないばすだからな。
オレと紀天は先に日本に帰国する。
あっちの仕事が残ってるからな」
「あぁ。
ツアーが始まったら、また十夜にも先輩にも
大変な日々になると思うが頼む。
雪貴や祈たちと一緒に俺は帰国するよ」
そう言うと十夜との電話を終えて、
帰国に向けての準備を行った。
*
帰国した俺の自宅には今も百花ちゃんの忘れ物が残されているものの
届けることが出来ずに、夏休みを利用して行うワンマンツアーの準備に追われていた。
札幌、福岡、広島、松山、神戸、大阪、京都、名古屋、金沢、新潟、仙台。
そしてファイナルとなる、東京。
8月9日のツアースタートから、25日の地方行脚最終日。
そして8月31日のファイナル。
それを恙なく終わらせるのが、今の俺にとっての最優先課題であり、
俺にとって苦手な、
理佳が旅立った夏を忘れるように乗り越えるための術となってた。
夏休みといえども、学生には学校があるわけで香港から帰国した翌日から
僅かの時間でも雪貴は、学院へピアノコンクール用の授業を受けに出掛ける。
十夜たちも家業の関係ですぐには合流出来ず、祈と俺と事務所の関係者たちで
ツアー用の準備行っていた。
その関係で雪貴に電話をした俺の着信履歴を、担任でもある唯香さんに見られたらしく
雪貴から一報が入る。



