「こらぁっ、バカ唯香ぁ~。
電話くらい出なさいよ」
思わず手に持った携帯を
強く握りしめて、放り投げそうになった自分を
何とか思いとどまらせる。
落ち着け、私。
携帯電話は高いの。
機種変に費やすお金で、
Ansyalにどれだけ費やせると思ってるの?
冷静になりなさい……百花。
我ながら、どんな自己暗示の仕方だって思うけど
今の私はAnsyalに全力を注いでる。
何度も自分に言い聞かせて、
携帯電話を机の上に置くと、そのままダイニングへ降りて
冷蔵庫から缶チューハイを手にして自室へ。
そこでMP3プレーヤーに電源を入れて、
Ansyalのフォルダーをチョイスすると再生ボタンを押す。
選曲された音楽が、
四方に設置されたスピーカーから
私を包み込むように流れてくる。
床に座って、持ってきた缶チューハイを一気に飲み干すと
空き缶をムギュっと潰して、
テーブルの上に放り投げて、体をその場に横たえた。
視線で追いかけていくのは、
壁にも天井にも飾られた託実の姿。
その中でも一番私がお気に入りの、
極上クール仕様の託実が、
天上から僅かな笑みを浮かべて私を見下ろす。
……託実……。
私、ホントに変だよ。
全ては……、
託実がウチの画廊になんて来るから。
託実が
私の描いた絵を買ってくれたから。
非日常的な出来事だけど、
その全てが私にとって一番身近な、
あのお祖父ちゃんの画廊って言う昔からのテリトリーで
当たり前の様に行われた時間だったから……
私の心は錯覚を続ける。
絵……そうだ託実が買ってくれたんだ。
嬉しいはずなのにもの悲しく感じるのは、
あの絵画には私の想いが沢山詰まってるから。
Ansyalと託実を思い続けて
無心に筆を取って完成させた一枚。
あの一枚お気に入りだった、
思い出の一枚は、もうないんだな。
そんな感情も混ざって、
私の胸中はぐちゃぐちゃになりすぎる。
託実に届いたのは知ってるし嬉しい。
だけどあの日、託実はこう言ってた。
『プレゼント用を探してるんです。
知人が入院してるので、病室のベッドサイドの壁に
飾れる絵画を。
明るい、自然の光に溢れた作品を
探してるんですが……』
私が託実を思って描いた一枚は、
託実が購入して、
託実によって入院してるお友達へとプレゼントされる。
託実の手元にないって言うのも、
凄く複雑だった。



