ゆっくりと演奏が始まって行くエントランス。
唯香は流石、ピアノ講師と言うか……唯香自身が実力があるからなのかは
さておき、ミスすることもなくなんなく演奏していく。
「百花、今唯香ちゃんに渡している曲は、
昔、理佳が演奏した学院祭で、百花の為に奏でた一曲。
虹の希望って言う名前なんだ」
虹の希望?
この曲がお姉ちゃんが私の為に作ってくれた曲?
すると、少し年配の男の人が
静かに俯いていた顔を上げて『懐かしいなー』っと声を漏らした。
懐かしい?
不思議に思っていると、その男性の近くに居た、やっぱり年配のご婦人も
相槌を打つ。
「お嬢さんははじめてかい?
この曲は、何年前だったかな。
昔、ここで元気な時だけだったけど演奏してくれる
リトルピアニストの女の子が居てね。
小さい頃から何度も何度も、その子の演奏を通院の合間に聞いて
元気を貰ってたよ。
確か……りかちゃんって呼ばれていたな」
そのおばさんが教えてくれた、りかちゃんは……紛れもなく
満永理佳。
私のお姉ちゃん。
「小さなピアニストは、やがて綺麗な女の子へと成長していったけど
姿を見なくなってしまった。
ずっと、りかちゃんの演奏に励まされていたから、
機械の演奏になった途端に、味気なくてね。
でも今日は久しぶりに、あの頃を思い出せるわ。
あの子も、素敵な演奏をするのね。
しかも……理佳ちゃんが演奏していたあの曲を、
もう一度聴けるなんて、思いもしなかったわ」
そうやって、ピアノの周辺に集まってくれている
お姉ちゃんを知る人たちは、口々に言葉にした。
唯香の演奏が終わったら、
沢山の拍手がエントランス中を包み込んでいく。
「有難うございました。
この曲は、親友のお姉さんである当時、この場所で
ピアノを奏で続けた、アマチュアピアニスト。
満永理佳さんが、大切な妹の為に作曲された、虹の希望と名付けられた作品です。
今日、この場で演奏させて頂くことが出来まして光栄でした。
理佳さんの想いが、百花へ……そして託実さんをはじめ、
この場所に集まってくださった全ての皆さまの心に届きましたら幸いです。
続いての曲は、同じく理佳さんの作品より『希望の光』お届けさせて頂きます」
唯香はそう言うと、再び椅子に座って静かに演奏を始めた。



