病室の扉が静かに開くと、
「ごきげんよう」っと、微笑みと共に告げられる。



「あっ、ごきげんよう。
 お待ちしておりました。
 喜多川百花です」


私も神前悧羅出身だから『ごきげんよう』の挨拶の存在は知ってる。
だけど久しく使ってなかった、その挨拶を再び口にするなんて……。


「託実に何度もお願いしているのに、逃げられてばかりで
 強引に宗成伯父様にお願いしてしまったの。

 私は華京院宝珠。
 託実のお父様である、宗成伯父さまは、私の母のお兄様。

 私と託実の関係はよろしくて?」


念を押すように説明された家系図。
とりあふえず託実の従姉妹ってことはわかってる。

裕先生や裕真先生も、託実の従兄弟だから……
多分、この宝珠さんのお母さんも伊舎堂の家の出身ってことだろう。


「託実のお父様側の従姉妹と言うことですね」

「えぇ、そうなるわね。
 後はAnsyalの所属する事務所の責任者と言う立場かしら?

 でも今日は、託実の従姉妹だから、事務所の関係者として
 私はアナタに来たわけではないの。

 百花さんと個人的にお近づきになりたかったのよ。
 百花さんが、理佳の妹だということを知ったら特にね」


私がお姉ちゃんの妹だということを知ったら特に……。


宝珠さんが告げた言葉が気になった。



「あの……もしかして、お姉ちゃんのお友達?」

「私は、裕兄様を通して少しだけ一緒に仕事をしていただけよ。
 理佳ちゃんの友達としては、後ろにいる堂崎かしら?」


宝珠さんが後ろを振り向くと、
堂崎と呼ばれたその人が、ゆっくりと私にお辞儀をした。


「初めまして。

 堂崎美加【どうざきみか】。
 託実とは同級生。
 託実のいた陸上部のマネージャー出身。

 理佳と出逢ったのは、託実が入院した中三の夏。

 初対面は最悪だったのよって、これは妹の貴女にに愚痴ることじゃなかったよね。
 ごめん、気にしないで」


そう言いながら、美加さんは宝珠さんと一緒にベッドの傍の椅子へと腰掛けた。


「堂崎はね、今うちの事務所で仕事をして貰ってるの。

 今日、貴女に会いに行くって話したら、
 堂崎も一緒に来たいって言うから、連れて来てしまったわ。

 ご迷惑だったかしら?」


遠慮気に紡ぐ宝珠さん。

迷惑って言うわけでもなく、
迷惑じゃないって言うわけでもなく、
ただどうしていいかわからないだけ。


こんな形でお姉ちゃんを知ってる人達に
会うとは思ってなかったから。



「えっと……、私。
 お姉ちゃんとは一緒に過ごしてる時間が殆どないんです。

 だからお姉ちゃんが、いろんな人と仲良くしてたのを知って
 正直驚いてます。

 ずっと病室のベッドの上で寂しそうに笑う、
 お姉ちゃんしか知らなかったから」


そう答えるのが精一杯。