「唯ちゃん、来てくれたんだ」
雪貴君が声をかけると唯香は、
ようやく楽屋に一歩踏み入れる。
「こんにちは。
いよいよ、本番だね」
中に入った唯香の視線は、彼の腕。
注射の後?
唯香が避けてたっぽいから、
彼にも負担になってたの?
「あぁ、これは大丈夫だから。
なんかコンクール、緊張しすぎて
最近、眠れなくてさ。
少し、体ふらつくから頼んだんだ。
兄貴の主治医にさ」
そう言いながら彼は、
唯香を気遣う様に言葉を続けた。
ったく、アンタたち
どっちが年上かわかんないじゃない。
その後、彼は予定通りの時間に
中学生以上の部の全国大会が始まる。
演奏が始まると、
唯香はドキドキ、祈り続ける。
私も無言で、託実の隣に立って
二人を見守る。
雪貴君の名前がコールされて、
ステージへと歩いていく。
雪貴君を見守るように、
舞台袖から、演奏を見守る。
雪貴の長い演奏が終わった後、
会場から一斉にスタンディングオペイションで
拍手が送られる。
深々とお辞儀をして、ステージ袖に帰ってくるものの
その拍手が鳴りやまなくて、スタッフに促されて
何度かステージへと顔を出した。
前代未聞の待遇に絶句しながら、
ステージから戻ってくる雪貴を待つ唯香。
戻ってきた雪貴君に、
唯香は「おめでとう」って微笑んだ。
*
最優秀賞
神前悧羅学院悧羅校高等部一年生 宮向井雪貴。
審査員特別賞
……学院高等部…… 多久馬真人。
*
コンクールの後、唯香と雪貴君を残して
私は託実と待ち合わせをして会場を後にする。
待ち合わせは場所はいつものホテル。