「唯ちゃん、来てくれたんだ」
雪貴が嬉しそうに声をかけると、
唯香ちゃんは、ようやく楽屋に一歩踏み入れる。
飲み物を買いに行くのを中断して、
俺は百花ちゃんと肩を並べてアイコンタクト。
「こんにちは。
いよいよ、本番だね」
唯香ちゃんが、やっとの思いで告げた言葉。
そして彼女の視線が黙ったまま見つめるのは、
雪貴の腕に残る注射の後。
「あぁ、これは大丈夫だから。
なんかコンクール、緊張しすぎて
最近、眠れなくてさ。
少し、体ふらつくから頼んだんだ。
兄貴の主治医にさ」
暫くの間、雪貴を囲んで話し込んでいた俺たちだけど
座席に移動するように告げるアナウンスが周囲に響く。
宝珠姉が率いるDTVTオーケストラとの
演奏で届けられる、最終審査。
雪貴が出場するコンクールは、
課題曲と自由曲の演奏が必須となる。
アイツが課題曲で演奏したのは、
ラフマニノフ パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
そして自由曲で奏でたのは、
俺自身も初めて聞く、優しくて切ないメロディーだった。
雪貴の演奏が終わった後、鳴りやまない拍手。
こんなコンクールでは珍しい、
観客たちのスタンディングオベーション。
そんな拍手の中、異例の何度かの入退場を繰り返して
ようやく最後の演奏者へと繋げられた。
最後の演奏者の持ち時間、
1時間が終わって、緊張の中の結果発表。
雪貴の女神は、にっこりと微笑んで
「おめでとう」っと宣言した。
*
最優秀賞
神前悧羅学院悧羅校高等部一年生 宮向井雪貴。
審査員特別賞
……学院高等部…… 多久馬真人。
*
アイツの名前が、会場内に響いた途端、
俺たちは一斉に雪貴をステージへと送り出した。
Ansyalのメンバーとして
雪貴を追い詰めているのは俺たちだと思う。
だからこそ……
こういう、アイツにとっての学生の時間。
ありのままのアイツに戻れる時間も
心から大切にしてやりたいと思った。
全ては隆雪が目覚めるまで……。