「雪貴、今日は全てを忘れて
 力を尽くせ。

 俺は隆雪と一緒に客席で見届ける」

近づいてそうやって声をかけるしか出来なかった俺。


「託実さん……それに先生まで来てくれたんだ」


だけどその後ろから入ってきた、
高遠さんを見た雪貴は少し嬉しそうに紡いだ。


「僕も時々、オフが欲しいからね。
 今日は強引に貰ってきたよ。
 後は気になることもあったし」


俺の後ろに居たはずの高遠さんはすぐに雪貴の傍に行くと、
診察をするように下瞼を引っ張った。


「やっぱり、気になってたんだ。
 今日は大切な日だからね。

 その場凌ぎでしかないけど少し入れておかないとね。
 最後まで持たないよ」


高遠先生はそう言うと、
手にしていた鞄の中から手早く注射をセットして
雪貴に処置をする。


ったく、用意周到なことで。


そんなことを思いながら、室内に意識を向けても
雪貴が一番逢いたいと思っているはずの、唯香ちゃんは姿を見せなかった。


唯香ちゃんが来ていないと言うことは、
百花ちゃんの姿も当然ない。



高遠さんと会話を交わしながら、
少しずつ緊張が解けていく雪貴を感じてた。


飲み物でも差し入れするか。


そう思って楽屋を離れようと動き出したとき、
楽屋の外で、雪貴の待ち人を見つける。



「こんにちは。
 唯香ちゃん、百花ちゃん。

 雪貴、奥で緊張してるよ。
 入りにくいなら、呼んで来ようか?」


俺が話しかけても、動こうとしない唯香ちゃん。
そんな唯香ちゃんを必死に宥めてる百花。


「雪貴、唯香さん来てくれたよ」


助け船を出すように、中へと大声で話しかける。

俺の声に雪貴が立ち上がって楽屋の方に視線を向ける。、