彼女が失った大切な人は、彼女の姉で……
心臓病を患っていたという。


彼女のお祖父さんからも聞いていた情報なのに、
百花ちゃんの言葉ときいた時から、妙な鼓動が響き渡る。




車のナビに登録されているフォルダーを開いて、
遠い昔、彼女の演奏を録音した音源を引っ張ってくる。


理佳がお遊戯室と呼んでいた部屋で、
こっそりと携帯に録音した隠し撮りの音源。


演奏の合間に、今は聴くことが出来なくなった理佳の声が聴こえる。





「なぁ、これってこんなにおたまじゃくしなかったよな」

「次、愛の挨拶録音するから、また黙ってて」




ガキの俺の声が聴こえて、理佳の声が響く。
そして演奏が始まる懐かしい時間。




窓の外に、百花ちゃんの姿をとらえて
悪いものを封印するように、慌ててそのフォルダーを閉じて
別の曲を車内に響かせる。



「託実さん、お待たせしてすいません」



そう言いながら助手席に再び乗り込んでくる百花ちゃん。



「お帰り。
 お姉さんとは、ゆっくりと話せた?」

「はい。
 いつも私の心が整頓できたら、
 託実さんにもお姉ちゃん紹介しますね」

「有難う。
 んじゃ、いつものようにアメジストホテルに行こうか?」

「はいっ。
 私、お腹すいちゃいました。
 今日、お昼ご飯殆ど取れなくてスティックバーを半分かじっただけなんです」

「じゃ早く行かないとね」





そんな会話を交わしながら、
車は通いなれたホテルへと向かう。





今はゆっくりと……
彼女に呼吸をあわせるように、
寄り添っていく。





百花ちゃんと過ごせる時間が、
俺にとっては、唯一心が許せる
そんな時間になっていることに気が付けたから。