6年生になってから、私は家族の真実を知りました。

本当はお母さんじゃなくておばあちゃんなんだということ。

でも何も変えず、生活していました。


祖母はどこまでも「母親」という存在に固執し続け、泣き喚きました。

「大丈夫だよ。お母さんだって思ってるから」

何度も言いましたが、そういった話が出るたびに悲しそうな顔をします。


6年生になってからはかなり行けるようになっていたので、無事中学生になりました。

他の子よりやっぱり休みは多かったけど、それなりに。

もともと頭は良く、テストではそこそこいい成績がとれていました。

祖母は勉強に厳しく、



「今勉強してないってことは絶対百点とれる自信があるってことよね?真白ちゃん」

「...ない」

「じゃあどうして休んでるのよ!!絶対に百点とれるって思うまで勉強しなさい!」


「98点って...どこを間違えたの?」

「ここと、ここ。分かんない問題だった」

「何言ってんのよ!!こんな問題簡単でしょう!?これをこう、するだけじゃない!こんなケアレスミスしてなかったら百点だったのよ!悔しくないの!?」


「高校はね、この辺じゃ○○が一番よ。真白ならそこ行けるはず」



そんな感じで言われ続けたせいか、私の考え方はかなり歪んでいました。

「百点以外は全部クズ、生きる価値ない。満点なんかとれて当然。喜ぶものじゃない。」

これは、自分にしか適用されません。

百点なんてそうそうとれないので、テストが返ってくるたびに

「あぁ、本当にクズだ。生きる価値ないどころじゃない、マイナスだわ。本当にさっさと死んだほうがいい」

こう思ってました。

思うだけで本当に自殺したりはしませんでしたが。

死ぬべきなのに生きてる、って思いながら生活していました。


中学校にはスクールカウンセラーさんがきます。

その人と話すようになってから私は、「自分のお母さんは変わっている」ということを知るようになります。