帝国湯へ、いらっしゃい


「終わったあー」

腰を伸ばした


「疲れた?」

「ちょっと」

時計は1時30分



「夜中になっちまった」

こんなに健全な夜中を過ごしたのは初めてだ


「鍵、閉めるよ」


外に出たら、当たり前だが真っ暗

夜中に男女が二人きりなのに
何も既成事実がないという、淋しい現実



「じゃ、おやすみ」と言ってから後ろを向いた

でも、足を踏み出せなかった


「あの、龍ちゃん……」

Tシャツの裾を捕まれていたから



「どうした?」と野暮な質問をしてみる


「あの、その」

「………」


「げ、月曜なら店が休みだから」

……このパターンは


「だから、いいよ」

「……俺、仕事あるし飯くらいしか行けないよ?」


「うん…」


あらま。なんてしおらしい



スマホの画面を見せる

「俺の番号だ。覚えろ」

「分かった」


「18時には終わるから電話して」

「うん」


「分かってると思うけどデートだぞ」

「…うん」


“覚悟しとけよ”とも言いたかったが
それはさすがにやり過ぎ?と思ってやめた


「連絡、待ってる」

「うん」



「おやすみ」と笑ったから

ああ、このまま連れて帰れたらなあ…と切実に思う



別れてから一人で夜道を歩く


真夜中に男がただ一人

一見

なんて淋しい光景
なんて哀愁ある光景


だが、男は違った

明日はちょっといいスーツにしようか

どこかにいい店があるだろうか

どこまで、距離を縮めらるか



そんな浮き足立つ事ばかり考えていた