が、ふわりと優しい香りがそれを上書きする。
「棗、そのくらいにして」
穏やかな口調で握り拳を包む私より大きい手。
胸倉を掴んでいた手をほどかせ、力をなくして倒れる男を尻目に、彼は囁く。
「帰ろう、棗」
ゆっくり染み込む言葉に、次第に現実に引き戻されていく。
いつの間にか浅くなっていた呼吸も戻り、肺に充分な酸素が行き渡って初めて落ち着きを取り戻す。
「翔……?」
「うん。……棗、心葉が怒ってるって。だから戻ろう。みんな心配してる」