「……名前は、…………ありません」
精一杯の嘘だった。
正直、こんな嘘が通じるとは思っていなかった。
それでも、ここは通さないとやっていけない。
「……そうか」
返ってきたのは、その一言だった。
しまったというような顔をして、またすぐに優しい表情に戻る樹彦さん。
「君は行く宛てがないように見えるけれど、どう?この家の娘にならないか?家族もたくさんいるし、」
「なれません……私は、違う。…………私といると、あなた達が死んでしまうかもしれない」
脳裏にちらつく、赤い液体と動かないもの。
開かれた瞳が執拗に私を見つめ、誘い込む。