椿の氷

「御剣…さ、ん…?」

「豹那!」




無意識だった
女を名前で呼ぶなんてよくあった
この女だけは、昔だけだったのに

縮こまる豹那を、覆い被さるように抱きしめた
華奢な体は、俺の逞しい体躯にすっぽりとはまった
隙間すら作らない
キツく、キツく、豹那を抱いた
豹那は体を揺らし、震えた声で問う


「御剣さん…
何で…」

「何で、じゃねぇ!
何があった!」


肩を鷲掴み、体を離して聞くも、何も言わない
豹那に何が起こったのか
俺は、不躾ながらも全身を見て判断する


乱れた髪
首に垂れ下がって居るだけのネクタイ
暗い表情
傍らに、無様な姿を曝す眼鏡
そっと、Yシャツの袖を捲れば、至る所に見える変色の痣
俯き続ける顔を見たい
女のわりにも細い顎に指を引っ掛け、上を向かせた
頬に咲く、美しくない華



すべてを察した
何があったかを


「…いつからだ」



数秒渋り、諦めたかのように
豹那は端に痣のついた薄桜の唇を開く