『……ミセス・ユウコ』
和泉くんは高山さんの名前を呼びかけた後『いや、やっぱりいい』と言って断るように片手を振ると、徐にスーツの胸ポケットに付けてあったチェーンブローチを取り外した。
どうしたんだろうと見ていると、和泉くんは急にシルバーのそれのチェーン部分を無理やり手で引きちぎった。
「い、和泉くんっ何してんのっ」
ブローチ部分に残ったのは王冠型の台座に乗った大粒のスワロフスキーひとつだけ。
これだけでも十分存在感があってきれいだけど、折角の繊細で和泉くんによく似合っていたブローチなのに。こんな荒っぽいやり方でチェーンを取ってしまうなんて信じられなかった。
「どうするの、チェーンもう直らないよ。取るにしたってこんな力で無理やりしなくても、ジュエリーショップとか職人さんのいるお店にお願いすればちゃんときれいに取り外してもらえるのに」
『今からそんな時間はないだろう』
呟くと和泉くんがわたしに手を伸ばしてくる。
いきなりのことだったから思わずびくりと身構えてしまうと、和泉くんは不貞腐れたように『叩かれるとでも?何警戒してるんだ』と不機嫌に言って高山さんばりの器用さでサイドアップにした髪の結び目にブローチを差し込んだ。
それからまたわたしを吟味するように眺める。
夜空みたいな真っ黒な髪にまたたいた一点のきらめき。それを見て和泉くんは肩頬を吊り上げた。
微かな表情の変化だけどまるで満足したみたいな顔にも見えて、この能面顔のひとでもこんな表情できるんだなどと感心してしまった。
けれどわたしの視線に気付くと、和泉くんはすぐにまた感情のない真顔に戻ってしまった。