忍ちゃんのためにも、もうひとくちローストビーフを口に運ぶ。

途端に鼻に抜けていく爽やかな香気。噛み締めるとそれがあふれ出た肉のうまみと渾然一体となって口の中に広がる。肉料理なのにすっきりと、でもついもうちょっとと手を伸ばしたくなるほど後を引く。

柑橘ソースがじつにいい仕事をしていた。これは柚子の味だ。ローストビーフに柑橘系のソースを添えるときはオレンジが使われることが多いけど、食べ慣れたそれよりこの柚子の方がわたしの好みだ。

爽やかな中に微かに感じる苦味はきっと柚子の外皮を薄く削って混ぜてあるからで、フレッシュな後味のオリーブオイルはきっと早摘みの緑果のままで搾った良質なもの、ぴりっとした酸味はマスタードで柚子の香味を損ねない程度に入って味を引き締めている。


忍ちゃんも「うまい」と言ったこの味、どうやったら家でも再現できるかなと思案しつつ、もう一口かぶりついたとき。


「ちょっと上野。何ひとりでがっついてんの」
「ぶ、部長!」