「ここは……」

それは意外な程簡単なことだった。
気持ちを切り換えて、セスがしばらく進んで行くと、笛の音はさらに小さくなり、それと同時に白い霧はどんどん薄くなっていった。
やがて、森は途絶え拓けた場所に出たかと思うと、セスの瞳には見覚えのある…いや、見た事はないがどこだかはっきりとわかる場所に出ていた。
セスは今一度、その風景をじっとみつめる。



(間違いない…ここは、あの城だ。
そして、あれは天上の搭。
だけど…違う。
俺の知ってる城はもうとっくの昔の滅びてて……なのに、この城はまだずいぶんと新しい。
それに、俺の家からあの森を通ってなんでここに出て来るんだ?
それに、それに…あの森からここへこんなにすぐに来られる筈だってない…)

セスは、先程まであれほど悩んでいた道から解放されたことを喜ぶゆとりさえ持ち合わせてはいなかった。
目の前の光景が、それほどセスの心をかき乱していたのだ。



(どうして…?
あれは、本当に俺の知ってるあの城なのか?)

空に届きそうな高い搭から目を離せないまま、セスは城に向かって無意識に歩き出していた。
近付くに連れ、城壁に刻まれた文字が以前よりはっきりと見えた。
もちろん、読む事は出来なかったが、今まで幾度となく目にしたことのあるあの文字と同じように思えた。




(やっぱりだ…
やっぱり、あの城なんだ。
でも……)



セスの思考は不意に中断された。
城の中から二人の兵士が現れたからだ。
二人は、セスを見て驚いたような表情を浮かべた。
その想いは、セスも同じだった。
朽ち果てているはずの城が立派に佇んでるばかりか、そこから兵士までが現れたのだから。



「こんな所で何をしている!」

「な…なにをって…俺は…」

「怪しい奴だ。この国の者ではなさそうだな。
おまえ、旅の者か?」

「いや、俺はここの生まれだ。」

「ここの生まれだと?
どこから来た?」

「俺はあの森……」

振り返って指差した先には、何もなかった。
セスは遠くをみつめたまま、身動き一つ出来なくなっていた。