「皆さん!すみやかにこちらへ移動して下さい!」

ケネス達は、ざわめく客達に大きく毅然とした声で指示を与え、素早く誘導を始めた。
有無を言わさぬその誘導に、人の波が流れて行く。
大臣は思い掛けない事態に完全に戸惑い、その場に立ち尽くしじっとラーシェルをみつめるばかりだった。



「あなたの悪事もそこまでです!」

ぽっかりと穴が開いたようになった場所に取り残された大臣に、ターニャの鋭い声が飛ぶ。
ターニャの両隣では、二人の男達が詠唱を始めていた。



「お…おまえは…!
やはり、おまえは…」

「観念しなさい!
もうあなたに逃げ道はありません!」

「く、くそっ!
お、おまえ達、何をぼーっとしている!
あいつらは反逆者だ!
殺せ!殺してしまえ!!」

大臣の号令と共に、どこか戸惑い顔の兵士達が剣を抜いた。
女性客の甲高い悲鳴が響いたのをきっかけに、客達は一斉に扉に向かって駆け出し、セスやライアン達は事故が起こらないように、懸命に人の波をさばいていく。



「何をしている!
早く行くのだ!」

ギリアス達も、同じように剣を引き抜き、戦闘に備えて身構えた。
その時、ターニャの隣にいた男達の杖が振り下ろされ、大臣は逃げる暇もないままに、聖なる鎖でがんじがらめに縛りつけられた。



「く…くそっ!
よくも…!」

「これで、おしまいですよ!
さぁ、醜い姿を皆の前に現すのです!」

続いて、ターニャの杖から眩い光りと共に魔法が発動された。
地の底から涌き出るような不気味咆哮と共に、大臣はまるでその光りに人間としての姿を溶かされるようにしておぞましい怪物の姿に変わった。



「ば…化け物だぁ!」

「た、助けてくれぇーー!」

大臣についていた兵士達は、先を争って広間の外へ逃げ出した。
広間の中に残っていた者達も、大臣の姿を見て狂ったように叫び出し、扉の前に集まった客達を外へ送り出すために、セス達は懸命になって誘導する。



「おのれ……
……許さん……
……断じて、許さんぞ!」

化け物は今まで誰も聞いたことのないような咆哮を上げた。
窓ガラスは乾いた音を立てて四方に弾け飛び、天井には血管のような亀裂が走る。
化け物は低い唸り声を上げたまま全身に力を込めた。
皺だらけの土色の身体に鎖が食いこみ、どす黒い血を流したかと思うと、鎖は千切れ弾け飛んだ。



「許さん…皆…殺してやる…!」

怒りと憎しみに満ちた真っ赤な瞳が、その場にいた者達を順番に睨みつけ、化け物は燃え滾る大きな火の玉をラーシェルに向かって投げ付けた。