朝の通勤時、彼が窓の外を見たのは偶然だった。なにせ彼は、電車の中ではいつも小説を読んでいたからだ。しかし、その日に限って、全くと言っていいほど小説に集中できず、何度も同じ行ばかりを繰り返し読んでいた。きっと疲れているのだろう。彼は何気なく外に目をやった、その時電車は駅に停車しており、向かいのホームに立っていた電車待ちの人々が見えた。そこには電車を待っている多くの人々が並んで立っており、誰一人として彼を見てはいなかった。そしてまた視線を戻そうとした時、目の端に一人の少女が映った。中学生くらいに見える彼女は、何故か両手に持っている大きなソフトクリームを食べながらこっちを見ていた。左手に持っていたソフトクリームは既に溶け始め、彼女の腕に伝っていたが、それを全く気にする様子もない。そんな彼女から目を離せなくなっていた彼だったが、やがて電車は動き始め、ゆっくりと視界から遠ざかって行った。彼女のほうも電車の動きに合わせてこっちを目で追っていた。そしてすっかり駅が見えなくなると、彼は視線を小説に戻して読み始める。会社に着いた頃には既に、その少女の事なんて忘れていた。